浅草の伝説ラーメン店「來々軒」が50年ぶり復活、玄孫の奮闘実る
淺草來々軒50年ぶり復活、玄孫の奮闘

「浅草來々軒」が電撃復活、創業から116年目の帰還

2026年7月2日、東京・浅草に一軒のラーメン店が帰ってきた。その名は「浅草來々軒」。1910年(明治43年)に浅草新畑町で創業し、日本最初期のラーメン店として知られる伝説の店が、約50年ぶりに復活を遂げたのである。

來々軒は清湯スープに醤油を合わせた「らうめん」を提供し、現在の醤油ラーメンの原型を作ったとされる。最盛期には1日3000人もの客が訪れ、全国に「〇〇軒」という屋号文化を広めた。その影響は大きく、『サザエさん』『男はつらいよ』『三つ目がとおる』など数々の作品にも登場。雷紋入りの丼も來々軒が広めた文化の一つとされている。

玄孫・高橋雄作さんの奮闘、復活への道のり

來々軒は1976年、後継者不在により閉店。それから約50年後の2026年夏、創業の地・浅草で復活を果たした。復活を実現したのは、創業者・尾崎貫一氏の玄孫にあたる高橋雄作さんだ。高橋さんはプレオープン直後の店内で「正直、かなり疲れてます」と笑いながらも、「でも、やれてよかったなと思っています」と充実感をにじませた。

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來々軒復活の第一歩は2020年、新横浜ラーメン博物館(ラー博)が約30年にわたる調査研究を重ね、創業当時の來々軒を復元するプロジェクトを始動したことに始まる。高橋家の協力のもと、名店「支那そばや」の監修で復活を果たしたが、それは5年間限定の企画だった。

「名前だけでは文化は残らない」、常設店への決意

2025年9月、ラー博での営業終了が決まる。高橋さんは当時を振り返り、「最初は、商品化とかイベント出店とか、そういう形で名前を残していければいいかなと思っていた」と語る。しかし、來々軒に関心を持つ企業からのコラボ話があっても、必ず壁にぶつかったという。

「名前だけでは文化は残らない」という思いから、高橋さんは常設店としての復活を決意。約50年の時を経て、淺草來々軒は再びラーメン文化の発信地として歩み始めた。

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