吉本新喜劇座長アキ、東映スタントマン時代の過酷な日々と舞台「時が来た」への思い
アキ、東映スタントマン時代と舞台「時が来た」

吉本新喜劇の座長・アキが、お笑いの世界に入る前に東映京都撮影所でスタントマンとして過ごした過酷な日々や、その経験が現在の舞台「吉本新喜劇アキプロジェクト『時が来た』~生き様を貫いた男たち~」にどのように活かされているかを語った。

月6万円の収入、風呂なし共同トイレのアパート暮らし

アキは高校卒業後すぐに東映に飛び込み、スタントマンとしてのキャリアをスタートさせた。当時、月収はわずか6万円。家賃1万8000円の風呂なし、共同トイレのアパートに住み、生活費をやりくりしていた。アキは「親には絶対に金を出してもらいたくなかったし、仕送りも嫌だったので、その6万円で生活していました」と振り返る。スーパーでちりめんじゃこを買うとき、安いものと高いものがあり、「いつかこの高いほうを買うぞ」と誓ったという。「安いほうはタコやいろいろなものが入っているようなものなんですけど、絶対にこっちの、シュッとしたきれいな袋に入っている高いちりめんじゃこを毎日食べられるように頑張るぞと思っていました。今でもスーパーでちりめんじゃこを見ると、当時を思い出します」と笑う。

過酷なスタント練習と名優たちから学んだ原点

東映では殺陣やアクションはもちろん、ミニトランポリンでの宙返り、高所からの落下、車にひかれる練習、さらには走る馬の上で斬られて落ちる練習など、過酷なトレーニングを積んだ。「常に危ない、いつケガをしてもおかしくないような厳しい練習でしたが、全部が刺激的でしたし、そこがまず自分の基礎になっています」と語る。吉本も厳しいと言われるが、アキにとっては「全然」で、東映の縦の関係は「めちゃくちゃ怖い世界」だったという。しかし、格闘技の経験があったため、暴力的なことにも怖さを感じなかった。

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撮影所では菅原文太、高倉健、松方弘樹、北大路欣也、田村正和、松平健、西田敏行といった大スターたちが各スタジオで撮影しており、アキは稽古の合間に彼らの芝居を観て学んだ。「この人のこのシーン、ええな」と目に焼き付け、それがすべて自分の引き出しになっている。「誰かに教えてもらったわけではなく、見て盗んだものです」と強調する。

新喜劇と演劇の二足のわらじ

現在、アキは吉本新喜劇の座長として毎月2本の新作を考え、メンバーを決め、ポスター制作など準備に追われる。台本を毎月4本抱えるようなものだという。その中で演劇にも取り組むのは「すごい」と言われるが、アキは「演劇の構想は昔から自分の中にあるもの」と語り、演出家や時代劇好きの協力を得てまとめているという。

舞台「時が来た」に込められた二つの奇跡

舞台「時が来た」の制作中、アキは二つの奇跡的な出来事に遭遇した。一つ目は、現代にタイムスリップした侍を描く映画『侍タイムスリッパー』を観に行ったときのこと。スクリーンに映し出されたのは、なんとアキが18歳のときに東映で同期だった仲間たちだった。「もう号泣でした。そうか、頑張ってたんやな。俺がこのタイミングで時代劇をやるとなって、ここで出会うんや」と、涙が止まらなかったという。さらに、映画には主人公が「東映剣会に入りたい」とオーディションを受けるシーンがあり、アキ自身が18歳で東映に飛び込んだときの同じ場所で撮影されていた。「何これと思いました。全身がしびれました」と振り返る。

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二つ目の奇跡は、相方のケン(水玉れっぷう隊)が大阪に戻ってきたことだ。長年東京と大阪で別々に活動していたが、『時が来た』の公演が決まったタイミングでケンが大阪に戻り、舞台で共演することになった。劇中、アキ演じる千屋虎之助とケン演じる岡田以蔵が「また生まれ変わっても一緒にやっていかないか」と語り合うシーンがあり、これが偶然にも二人の関係を象徴するものとなった。「たまたまなんです。全部たまたまなんです」とアキは言う。脚本家に頼んだわけではないが、台本にそのセリフが書かれていたという。

輪廻転生を感じさせる舞台

アキは「全部が奇跡みたいに重なっていました」と語る。劇中には「輪廻転生」という言葉が登場し、死んでも生まれ変わっても人は繰り返していくというテーマが込められている。アキ自身の経験と重なる部分も多く、観客に深い感動を与えている。