同窓会で昔話しかできないのはなぜ?中年の危機が孤独になる理由
同窓会で昔話しかできないのはなぜ?中年の危機の孤独

現代社会における中年の危機の難しさ

臨床心理学者の東畑開人氏は、現代はミドル・エイジについて考えるのが極めて難しい時代だと指摘する。不安定な社会は人々に青年期的な生存を求めるため、何歳になっても生き延びることを考え続けなければならないからだ。

「贅沢な悩み」という見方の問題

さらに、不安定な時代におけるミドル・エイジ・クライシスは「贅沢な悩み」に見えがちだ。実際、中年危機の本性は、束の間発生した小さな安定からもたらされる思索や苦悩である。ひとまず安定したが、これからどうしたらいいのかという問いが生まれる。その安定は脆く、一寸先は闇かもしれないが、小さな安定があったからこそ自分を振り返る瞬間が生じる。東畑氏はそれを貴重なことだと述べる。

疚しさが生む秘密と孤独

不安定な社会で小さな安定について考えようとすると、「疚しさ(やましさ)」という感覚が伴う。この疚しさゆえに、ミドル・エイジの苦悩は人類の秘密とされてきた。自分の小さな安定を人前に出すことには罪悪感があり、不安定な現代ではなおさらだ。その結果、ミドル・エイジ・クライシスは社会的な問題ではなくなり、個人的に抱えるしかないものとなる。

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ここにミドル・エイジの孤独がある。他者と分かち合うことのできない悲しさ、喜び、寂しさ、疚しさが中年にはある。東畑氏は、この疚しさを引き受けることが大事だと強調する。疚しさを感じながらも否認せず、自分の中の深い森で起きているクライシスに取り組むことを肯定したいという。日々、心理士としてミドル・エイジたちと会い、彼らが疚しさゆえに誰にも知られることなく孤独に抱えてきた物語を聞いて、そう思うのだ。

孤独から自由へ

それは贅沢な悩みではなく、切実な苦しみである。その深い孤独を個人的に引き受けることができたとき、人は他者の深い森のことを思えるようになる。疚しさのようなぼんやりした感覚ではなく、より明確な想像力をもって。ミドル・エイジの孤独は、同時にミドル・エイジの自由でもある。他者には理解されなくても、自分なりに納得できた物語のもつ自由の力が、他者の自由を許容する力になると東畑氏は考えている。

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