大雪の夜に心動かされ…十四代今泉今右衛門さん、作陶への道
大雪の夜に心動かされ…十四代今泉今右衛門さんの作陶への道

佐賀県有田町の今右衛門窯に生まれた十四代今泉今右衛門さんは、武蔵野美術大に通っていた頃、偉大な父と自分を比べて絶望感にさいなまれていた。しかし、東京が大雪に見舞われた夜、電灯に照らされた雪を見上げたことで心が動き、「この気持ちがあれば、もの作りができるはず」と思った。

幼少期と家業への意識

今右衛門さんは今右衛門窯の次男として生まれ、四つ上の兄と一つ上の姉がいる3人きょうだいの末っ子だった。当時、祖父が十二代を務めており、保育園の頃は「祖父の跡は父が継ぎ、父の跡は兄。その跡を自分は継ぐ」と思っていた。

小学生になると、同級生から「おまえ、次男やから継げんのよ」と言われ、「ああそうか」と気付いた。工作好きの少年で、つまようじを接着剤でくっつけて家の模型を作るなどしていた。しかし、歌舞伎などの伝統芸能と違い、幼い頃から家業に関わることはなく、窯に出入りして作陶に携わることはなかった。

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進学と葛藤

同県立武雄高校に進学した後、「どっちの方向に進むか自分で決めろ」と父に言われた。陶芸の家に生まれた者として美術や工芸を学ぶか、経営のために経済を勉強するか。兄・善雄さん(67)は多摩美術大に通っていた。祖母から「兄弟でもの作りができればいいね」と言われていたこともあり、武蔵野美術大に進んだ。

もの作りが好きで進学したのに、成績は下の方で、「こんなものを作り出そう」という思いが湧き出なかった。十三代の父は当時、日本陶芸展の最優秀賞を受賞していた。

大雪の夜の気付き

東京が大雪に見舞われた夜、近所の友人が一升瓶を抱え、「雪見酒に行こう」と誘ってきた。その道すがら、ふと夜空を見上げると、電灯に照らされた雪が視界いっぱいに降り注いできた。「雪の中にすーっと吸い込まれるような」感覚に心が動いた。自分の中に、感動する心があったことがうれしかった。

「この気持ちがあれば、今は実力がなくても、もの作りができるはず」と思った。

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