臨済宗大徳寺派の大本山である京都大徳寺は、千利休ゆかりの寺院として知られている。二層からなる山門の上層「金毛閣」は、参禅していた利休の寄進で完成し、大徳寺は寄進の顕彰として利休の木像を安置した。しかし、これが天下人のくぐる山門を見下ろすのは不敬という言いがかりのような咎の種になり、利休は秀吉から切腹を言い渡される。
復元された木像と印象的な天井画
現在は江戸時代に復元した複製の像が安置されている。取材で大徳寺の山門に上げていただいたときに拝見して、長谷川等伯の巨大な竜の天井画とともに実に印象に残った。等身大に作られたそうだが、大変大きい。伝えられているように大柄な人だったのであろう。
作家・山本兼一と利休への思い
山本氏は大徳寺の近くで生まれ育った。父親が学生時代に大徳寺の塔頭に下宿していたし、自身も子供の頃は境内で遊び回った。利休にまつわる話もよく聞かされていた。作家になり、戦国期や幕末の職人を主人公にした小説を書き続ける中で、日本史のなかの美の巨人である利休をいつか書きたいという気持ちが温まってきたのは、自然な流れだったように思うという。



