納豆のタレに乳酸菌が入った商品が、累計5億食を販売するロングセラーに成長した。食品工場では生きた菌の持ち込みが長年のタブーとされてきたが、加熱殺菌された菌体を活用することでこの壁を乗り越えた。森永乳業がBtoB事業として展開する乳酸菌素材「シールド乳酸菌(R)」「はぴねす乳酸菌(R)」の逆転劇の背景を、同社の担当者に聞いた。
健康意識の高まりと「健康疲れ」のジレンマ
SNSでは健康になるための具体的な成分名や摂取タイミングまで細かく言及したアドバイスが拡散され、ここ数年で健康を意識する生活者は一気に増えた。しかし、情報が多すぎて何を選べば良いか分からなくなる「健康疲れ」に陥る人も少なくない。健康、腸活、免疫といった言葉は一般用語となり、新鮮な情報として受け止められにくくなっている。
森永乳業機能素材事業部の今川さおりさんは「健康に関する情報や商品が本当に多いからこそ、生活者の方も“なんとなく良さそう”ではなく、自分に合っているものをしっかり選びたい意識に変わってきている」と話す。「健康食品は目的意識があって選ばれるものです。一方、いつもの食品に健康価値を加えたものは、日々の食生活の中で無理なく取り入れられる存在となっています。両者に共通する、“自分に合ったものを選ぶ”という価値観にいかに寄り添って考えることができるかが重要だと思っています」という。
サプリメントを毎日飲み続けることは気合が必要だが、日常の食品の中で無理なく健康を意識できる商品が話題になることもある。乳酸菌入りの商品では、2019年にカンロの『ピュレグミ』、2020年に江崎グリコの『ビスコ』で採用されている。いずれも「乳酸菌を摂ろう」と構えて選ぶのではなく、いつものお菓子を選んだらいつの間にか乳酸菌も摂れていたという設計だ。
「生きた菌はご法度」の常識を覆した加熱殺菌技術
森永乳業はBtoB事業として、乳酸菌素材を様々な食品に加える取り組みを行っている。乳酸菌と聞けばヨーグルトを思い浮かべる人が多いが、同社の素材は菓子からおにぎり、プロテイン、ペットフードまで、乳酸菌とは縁遠かった食品に広がっている。
一般的に無菌状態で出荷しなければならない食品工場では、生きた菌を持ち込むことは長年のご法度だった。しかし、同社の素材は加熱殺菌された菌体であり、生きている菌ではない。今川さんは「多くの食品メーカーの工場では、出荷の際に菌の検査を行い、菌がいないことを確認してから製品を出します。生きた菌を持ち込むというのは、工場にとって長年の“ご法度”だったんです」と説明する。
流れを変えたのは、2017年に納豆業界大手のタカノフーズから発売された『すごい納豆S-903』のタレに、シールド乳酸菌を入れたことだった。大豆を発酵させる納豆菌は生きたまま商品化されるため、管理は非常にデリケートで、外から別の生きた菌を持ち込むわけにはいかない。だが、納豆に付属するたれは本体の発酵とは別工程で作られるため、加熱殺菌されたシールド乳酸菌なら発酵環境に影響を与えず配合できることがわかった。
納豆菌と乳酸菌の2つの菌の力を打ち出したこの商品は、2025年11月までに累計5億食を販売するロングセラーに育った。今川さんは「大手メーカーさんの商品にシールド乳酸菌が採用されたことで、たくさんの食品メーカーさんに『乳酸菌は工場でも使える』という気づきを与えることができました。いかにこれまでの常識を覆せるか。そこが機能素材事業で最初の、そして一番大きなハードルでした」と振り返る。
550社以上のパートナーと広がる乳酸菌素材の可能性
2015年頃から素材の展開が本格化し、そこから10年ほどでシールド乳酸菌・はぴねす乳酸菌の採用企業数はのべ550社以上に達した。今川さんは「カテゴリーは本当に幅広くて、お菓子からご飯、おにぎりまで、いろんな食品に使っていただいています。近年は、市場自体が伸びているグミのカテゴリーでの採用も増えています。グミは他の健康素材と組み合わせやすく、健康コンセプトの商品をつくりやすいカテゴリーです。各社が商品の独自性を出したいという点では、量販店のお惣菜への採用事例もかなり増えています」と話す。
同社は2026年4月に「“食べる”をもっと健やかに」プロジェクトをスタートした。同社国内営業本部食品素材統括部の安岡知佐子さんは「健康になりたいから健康な食事を摂りたいと思っている人は多くいますが、実際に十分に取り組めているかというと、そうではない人が多い現状があります。健康は一時的に意識するだけでなく、継続することが大切ですが、忙しさやコスト、飽きといった理由から、特別な行動を続けるのはハードルが高い。だからこそ、健康を特別なものとして捉えるのではなく、普段の食事や間食の中から自然に取り入れられる形を広げていきたいという思いで、このプロジェクトを始めました」と説明する。
のべ550社以上のパートナー企業と共に進める意義について、安岡さんは「生活者の毎日の食を支えているのは当社だけでなく、いろいろな食品を届けている食品メーカーの皆様です。健康を特別なものとしてではなく、日々の生活の中から自然に取り込めるという形であることがすごく重要だと考えています」と語る。
シールド乳酸菌とはぴねす乳酸菌はそれぞれ異なる強みを持つ。シールド乳酸菌は「健康力をサポート」する乳酸菌として体調管理系の商品や子ども向け商品との相性が良く、はぴねす乳酸菌は「前向きな気分の維持」に関する機能性表示食品の届出を行っており、名称のハッピーなイメージから菓子やスイーツなど嗜好性の高い商品で選ばれる傾向にあるという。
2023年9月にシールド乳酸菌、2025年9月にはぴねす乳酸菌がそれぞれ新たなグローバルロゴの使用を開始した。今川さんは「国内外で一貫してシールド乳酸菌・はぴねす乳酸菌の価値や世界観を発信していくことで、このロゴが入っている商品は森永乳業の素材を使っているという安心感を持っていただきたい。グローバルな視点で見ると、最終商品だけでなく素材自体のブランディングも重要になってきます」と展望を語る。
食品メーカーとの連携にとどまらず、安岡さんは「食品メーカーだけでなく、その売り場をつくる流通のお客様やドラッグストアなど、食に携わる業態の皆様とも、今後連携していけたらいいなと思っています。挑戦ではありますが。いろんな食品に、いろんな“なりたい自分”を提供してくれる企業が増えることで、選ぶ楽しさが広がっていけたらいいなと思っています」と話している。



