ロックミュージシャンの甲斐よしひろさん(57)は21歳のとき、自身がリーダーの甲斐バンドを結成し、プロデビューを果たした。だが、当初の予定は違っていたという。人生の岐路で選択したのは、〝約束された将来〟に背を向けることだった。
ソロデビューの話が進むも、頭で鳴っていたのはバンドの音
デビュー直前に「プロになるとき、ソロでデビューという話が進んでいました。でも頭で鳴っていたのはバンドの音だけだった…」と振り返る。
昭和49年11月に「甲斐バンド」としてデビューする直前のことだ。この年開かれたプロへの登竜門、ハッピー・フォークコンテストの全国大会で優勝。ほとんどのレコード会社からプロデビューの話が舞い込んだ。コンテストにはソロシンガー名義で出場していた。ソロでの誘いはある意味当たり前のことだった。
1人での活動がバンドへの思いを強めた
しかし、流れに逆らった。それまでの1年半、福岡市の繁華街・天神にあるライブハウス「照和(しょうわ)」のステージに1人で立ってきた経験が、逆にバンド演奏への思いを高めたという。
もともと〝1人〟を望んだわけではない。高校卒業後に勤めた旅行代理店を数カ月でやめ、高校時代に出演していた照和に戻った。当時のバンド仲間2人はすでに就職。1人で歌うしか、仕方がなかった。
1人時代に生まれた40曲
この時期、40もの曲を生み出した。アルバム2枚分の準備に相当するほどの曲数。1人で歌っていた時代に作った曲なのに、バンド演奏を想定したような印象だったという。



