ファンモン、2013年解散の舞台裏を初告白 モン吉「どうにか防げたらなと」
ファンモン、2013年解散の舞台裏を初告白 モン吉が当時の思い明かす

きょう20日に放送される日本テレビ系音楽番組『夜の音 -TOKYO MIDNIGHT MUSIC-』(毎週火曜24:24~)にFUNKY MONKEY BΛBY’Sが出演し、モン吉が2013年の解散を食い止めようとしていた当時の思いを明かす。

解散を食い止めようと模索していた

今年デビュー20周年を迎えたFUNKY MONKEY BΛBY’S。全27都市29公演の大規模ツアーを開催するなど、2人体制となった現在も精力的に活動を続けている。

グループが結成されたのは2004年。もともと別々のグループで歌っていたファンキー加藤とモン吉が、地元・八王子のクラブで出会って意気投合。その後、モン吉の弟の同級生だったDJケミカルが加わり、3人での活動をスタートさせた。

しかし、結成当初は苦労の連続だったという。加藤は「最初はクラブで歌うことがほとんどだったんですけど、徐々にライブハウスみたいなところに出て行くようになって、今まで出会ったことのないバンドマンと対バンっていう形になるわけです。そこでめちゃくちゃにやられまして…」と回想。

酒を飲みながら盛り上がるクラブとは違い、ライブハウスでは観客が腕を組み、じっと音楽に耳を傾ける。その反応の違いに戸惑いながらも、自分たちらしいパフォーマンスを模索した。

そんな中で生まれたのが、DJでありながらDJプレイをしない、DJケミカル独特のスタイルだった。加藤は「いわゆるDJ的な動きは一切するな」「ブースから出て、しっちゃかめっちゃかに暴れてくれ」と指示。ステージ上を自由に動き回るDJケミカルの破天荒なキャラクターが、グループの個性となっていった。

再結成にも葛藤「ちょっと悩んだところもあった」

2006年のメジャーデビュー後、翌年発売の4枚目のシングル「Lovin’ Life」が着うた200万ダウンロードを記録する大ヒット。その後も「ちっぽけな勇気」「旅立ち」「ヒーロー」などのヒット曲を次々に生み出し、2009年から4年連続で『NHK紅白歌合戦』に出場した。

しかし、人気絶頂の中、2013年にグループは解散。番組では、3人に何があったのか、その舞台裏に迫る。

モン吉は当時について「どうにか解散を防げたらなと、いろいろ考えたり、やったりはしたんですけど…」と告白。解散を食い止めようと模索していたことを打ち明ける。

これまで多くを語ることのなかった解散までの経緯を、ファンキー加藤とモン吉が振り返る。

解散後、DJケミカルは実家の寺で住職に転身。一方、加藤とモン吉はそれぞれソロアーティストとして活動を続けていた。

転機となったのは2021年。東日本大震災から10年という節目に、復興の応援歌にもなっていた「あとひとつ」を3人でもう一度歌ってほしいというオファーが届いた。

しかし、加藤は「ちょっと悩んだところもあった」と、すぐには答えを出せなかったことを明かす。

その後、加藤とモン吉は2人体制でFUNKY MONKEY BΛBY’Sを再始動。番組では、再結成に至るまでの知られざる葛藤や、再始動後初のシングル「エール」に込めた思いも語られる。

スタジオライブで最新曲「夏子」など3曲披露

スタジオライブでは、最新曲「夏子」に加え、「ちっぽけな勇気」「ヒーロー」の計3曲を披露。「ちっぽけな勇気」では、BUMP OF CHICKENらのミュージックビデオを手がける映像ディレクター・東市篤憲氏とコラボレーション。床一面が鏡張りとなった特別なステージで、楽曲の世界観を表現する。

MCを務める菊池風磨(timelesz)と畑芽育も“ファンモン世代”として、2人の歩みや楽曲に込められた思いに迫る。

【編集部MEMO】 FUNKY MONKEY BΛBY’Sは、東京都八王子市出身の音楽ユニット。2004年にファンキー加藤、モン吉、DJケミカルの3人で結成し、2006年にメジャーデビュー。「Lovin’ Life」「ちっぽけな勇気」「旅立ち」「ヒーロー」「あとひとつ」など数々のヒット曲を発表し、2009年から4年連続で『NHK紅白歌合戦』に出場。2013年に解散したが、2021年にファンキー加藤とモン吉の2人体制で再始動した。2026年にデビュー20周年を迎え、全国27都市29公演のツアーを開催。