19歳デビューの弓木英梨乃、KIRINJI経て「今が一番楽しい」と語る
弓木英梨乃、19歳デビューからKIRINJI経て「今が一番楽しい」

本当に好きな音楽を作りながら、生計を立てること。19歳でシンガー・ソングライターとしてデビューした弓木英梨乃(36)は、そのバランスが最近、「どんぴしゃとはまった」という。KIRINJIのメンバーなどを経て、ギタリストとしても超人気。6月に自主レーベルも立ち上げ、「今が一番、生きているのが楽しい」と話す。

「毎日泣いていた」デビュー直後

「1カ月先は仕事がないかもしれない。いつもお金の心配をしていました」。ギタリストとして常にツアーを2、3本掛け持ちしていたという20代を、こう振り返る。

ギターとの出会いは、中学1年生の時だった。父が車の中でかけていたビートルズを聞いて、「めちゃくちゃいい!」。ジョージ・ハリソンに憧れ、すぐに独学でギターを始めた。入ったばかりのソフトボール部はやめ、毎日10時間以上、学校と食事以外の時間はほとんど練習にあてた。「なんでかわからないんですけど、本当にはまっちゃって」

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当初は洋楽一辺倒だったが、高校に入って関西出身のアコースティックデュオ「アナム&マキ」の曲を聴き、「自分で思ったことをそのまま書いていいんだ」と気づいた。作詞作曲も始め、2年生の時に、全国の学生を対象とした音楽コンテストでグランプリを受賞。翌年には大手芸能事務所に入って上京し、映画とタイアップしたシングル曲でメジャーデビューした。「後から思えばとんとん拍子でした」

「魂を売っても売れたい」と願った日々

でも――「全然売れなかった」。曲をたくさん作っても会社からは1曲も評価されず、「痩せるように」と求められてダイエットもした。「偉い人」からは「この船に乗っているのは君1人じゃない」とプレッシャーもかけられた。「魂を売っても売れたいと思ったこともあったけれど、頑張っても頑張っても、報われなかった。毎日泣いていた記憶があります」。契約は2年で切れた。

上京の少し前、親は自己破産していた。仕送りも、帰る家もない。「お金がなくなったらどうしよう」といつも不安で、深夜のコンビニやイタリアンレストラン、コールセンターでバイトをした。

KIRINJIやBase Ball Bearと、見たことのない自分に

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