米カントリー歌手ドリー・パートンさん死去、80歳 「ジョリーン」などヒット曲
米カントリー歌手ドリー・パートンさん死去、80歳

米カントリーミュージック界のスター歌手ドリー・パートンさんが死去した。80歳だった。遺族が25日、明らかにした。

「ジョリーン」など数々のヒット曲

「ジョリーン」や「9時から5時まで」などのヒット曲で知られ、テネシー州の極貧環境から華やかな文化的アイコンへと上り詰めた。パートンさんは3000曲以上を作詞・作曲し、ハリウッド映画にも出演するなど、その活動は歌手の域にとどまることはなかった。また、慈善事業への数百万ドルの寄付はテネシー州を越えて行われた。

実業家としても成功を収め、人気のテーマパーク「ドリーウッド」の運営をはじめ、化粧品、ペット用品、製菓用ミックス粉、さらにはトラック運転手用のドライブインに至るまで、幅広い分野で事業を展開した。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

遺族や関係者のコメント

甥のブライアン・シーバー氏は、ソーシャルメディア上でパートンさん死去を発表する動画の中で「ドリーは光の中で生き、主イエスの御腕の中に抱かれました」と述べた。また「あらゆる歩みを進める歌手、ソングライター、ミュージシャン、そして夢追い人たちの幾世代にもわたる扉を開いてきた」とも述べ、パートンさんを称えた。

米メディアが報じた代理人のコメントによると、パートンさんは「短い闘病生活の末、がんのため死去した」という。パートンさんは最近、詳細は明かさなかったものの健康上の課題について語っていた。夫のカール・ディーンさんは昨年死去していた。ピープル誌が歌手の代理人の話として伝えたところによると、葬儀は身内のみで執り行われる予定だという。

波乱に満ちた生涯と追悼の声

1946年、テネシー州の農村部で12人きょうだいの1人として生まれたパートンさんは、高校卒業後すぐにカントリー・ミュージックの首都ナッシュビルへと向かった。1967年に全国放送のカントリー番組に参加し、その歌声と姿が全米の数百万の家庭に届けられ、米音楽界で最も有名な人物の1人となった。

60年にわたるキャリアのなかでは約3000曲を手掛けた。その中には「ジョリーン」「コートはカラフル(コート・オブ・メニー・カラーズ)」の他、ホイットニー・ヒューストンのカバーによって世界的なヒットとなった伝説的なバラード曲「オールウェイズ・ラヴ・ユー(I Will Always Love You)」などが含まれる。49枚のスタジオアルバムと100枚以上のコンピレーションおよびコラボレーションアルバムをリリースし、パートンさんは「カントリー・ミュージックの女王」と呼ばれた。

パートンさんの死去を受け、ドナルド・トランプ米大統領は全米で半旗を掲げるよう命じた。ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルは、1980年に公開され、サウンドトラックの大ヒットのきっかけとなった映画『9時から5時まで(9 to 5)』にちなみ、午後9時25分にピンク色にライトアップされる予定となっている。

米カントリー界の聖地「グランド・オール・オープリー」はSNSへの投稿で「彼女の遺産が、その楽曲、触れ合った人々の人生、そして影響を与えた数知れないアーティストたちを通じて生き続けることを願う。彼女のような人は、二度と現れることはない」とコメントした。映画『9時から5時まで』で共演したジェーン・フォンダさんは「打ちひしがれている」と語り、またリリー・トムリンさんも「言葉が出ない」と述べ、衝撃を隠せない様子を見せた。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ

パートンさんは先週、ピープル誌に対し、「達成したいことがまだたくさんある。だから、すべてが形になるのを見るために、できる限り仕事を続けていくつもり」と語っていた。英ロックバンド、ローリング・ストーンズのミック・ジャガーさんは、「彼女は本当に多くの人をひとつにしてくれた。皆、彼女をとても恋しく思うだろう」と追悼の意を表した。