作曲家の千住明さん(2011年当時50歳)は、父で慶応大学工学部(現・理工学部)教授だった鎮雄さんから「空(す)いている電車に乗れ」と言われた。これは、専門を持ち、自分にしかできない分野でパイオニア(先駆者)となれという意味だった。鎮雄さんは経済性工学の草分けとして知られていた。
工学部進学と葛藤
兄の画家・博さん(当時53歳)や妹のバイオリニスト・真理子さん(当時49歳)は早くに自分の道を定めたが、明さんは慶応幼稚舎からの一貫教育で慶応大進学を控え、「兄貴も妹も好きなことを始めちゃったから、僕ぐらい継いであげなきゃだめだろう」と考え、父と同じ工学部に進んだ。
しかし、工学部では全く面白さを感じず、「父が何だか僕に悪そうな顔をしていて」と振り返る。一方で、夢中になれるものは音楽だった。中学時代にクラシック以外の音楽に出合い、「その『自由』に浸りきった」という。放課後は音楽部の仲間とギターやベース、ドラム、ピアノなどを自己流で奏で、自分たちの楽器編成に合うよう作曲・編曲までしていた。
音楽への傾倒
高校に入ると、バンドを掛け持ちし、レコード会社に出入りするまでになった。こうした経験が、後に作曲家としての活動につながった。



