作家の市川拓司さん(63)は子どもの頃から多動と多弁で「問題児」扱いされたが、好きなことには寝食を忘れて没頭する特性が、「いま、会いにゆきます」などのベストセラー小説を生み出した。「指摘され続けた欠点は、人生を前に進める強力なエンジンとなった。人と違うことは強みだ」と語る。
小学校時代の多動と多弁
とにかく、じっとしていることが苦手な小学生だった。授業中は床の上をほふく前進しながら、クラスメートの背中を突いて回った。朝礼で「回れ右」の号令がかかっても、自分だけ前を向いたまま。校長先生の顔を見つめ、困惑させていた。突然、朝礼台に飛び乗って奇妙なダンスを踊り、足を踏み外して気を失ったこともあった。
「こんなことしたらみんな喜ぶだろうな」と思うと、自分のルールで突っ走ってしまうという。当時はクラスの中心にいる人気者だったが、先生からは怒られてばかり。「教師生活30年で一番、手がかかる」と嘆かれた。あるときは学級新聞作りが楽しく、クラス40人分の新聞を10号先まで一気に刷ってしまい、罰として全部の新聞裏に漢字の書き取りを命じられた。
中学での孤立と衝動
中学でも多動と多弁は収まらず、授業中は隣の席の子に話し掛け続けていた。その子は無視を決め込んでいたため、もはや大きな独り言だった。色んな先生からげんこつが飛んできた。校舎の3階から飛び降りたい衝動が抑えられず、みんなから止められたことも。「宇宙人」「バカタク」と呼ばれ、仲間外れにされていた。
週1回、職員室に顔を出し、学年主任の先生にその週の出来事を報告させられた。「何で僕だけこんな目に」と腑に落ちなかったが、規律を重んじる学校生活では、自分の行動全てが“エラー”だったのだろうと振り返る。
作家デビューのきっかけ
最初から作家になりたかったわけではない。大学卒業後、税理士事務所で働いたが、失敗ばかり。毎朝、腹痛や動悸に襲われた。妻の妊娠も、適応能力の低い自分を追い詰めた。日常の不安を紛らわそうと、小説を書き始めた。読んで涙を流す妻を見て、「才能があるのかもしれない。よし、作家になろう」と思い立った。
この思慮のなさ、衝動性こそが自身の欠点であり、最大の長所だという。ホームページに作品を公開すると、評判を呼んだ。うれしさに書く手が止まらなくなり、次々と小説を公開。やがて編集者の目に留まり、本当に作家デビューした。
発達障害の診断と強み
20年前にADHD(注意欠陥・多動性障害)とASD(自閉スペクトラム症)の診断を受けた。発達障害の一種で、ADHDは衝動的で落ち着きがない、ASDは興味やこだわりが強い特性がある。
子どもの頃から「間違いだ」と指摘されたこれらの特性こそ、作家の仕事で大きな強みになっている。作品の主人公は全て自身の分身だ。ASDの人は心が純粋だと言われる。自身の特性の「純真さ」が作品のトーンとなっているという。
市川さんは「人格を矯正したわけでもなく、生まれたときから、ずっと僕のまま。発達障害の診断を受けていなくても、大なり小なり人は様々な特性を持っている。これからの社会で、人と同じであることの価値はどれだけの意味を持つのでしょうか。人と違うことは、そう、強みなのです」と語った。



