胎内被爆者・太田春子さん、NYで被爆証言 「黒い固まりは人だった」
胎内被爆者・太田さん、NYで被爆証言 姉の体験語る

米ニューヨークで4月下旬に開かれた交流会で、大阪府寝屋川市の太田春子さん(80)が通訳を介して被爆を語り、海外の平和活動家ら約40人が真剣な表情で耳を傾けた。

太田さんは、国連本部で開かれた核拡散防止条約(NPT)再検討会議に合わせ、代表団の一員として米国に派遣された。日本原水爆被害者団体協議会などの代表団で被爆者は3団体の計12人。そのうち5人は胎内被爆者だった。被爆者の高齢化が進む中、世界に発信する大きな役割を担うようになっている。

姉が震えながら明かした体験

当時の記憶はないが、約1週間の渡米中、親族らの話などをもとに現地で被爆証言を実施。再検討会議の被爆者代表の演説も、広島の胎内被爆者である浜住治郎・被団協事務局長が務めた。

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太田さんは、長崎市四杖町出身で、6人きょうだいの下から2人目。原爆投下翌日、母たちは親族を捜し歩き、入市被爆した。

交流会の証言では、母親と原子野を歩いた8歳上の姉が2年ほど前、震えながら明かしてくれた体験に触れた。「周りに黒い固まりがいて、それは人だった」「たくさんの人が『痛い』『助けて』と言った」「浦上川に向かって這いずり回る人がいた」。太田さんは涙ぐみながら伝えた。

最年少の被爆者たち

母親のおなかの中で被爆した胎内被爆者。「最年少の被爆者」とも呼ばれるが、今年、全員が80歳を超えた。生まれた時から宿命を背負った人たちの苦難をたどり、平和を願って奮闘する今の姿を追った。

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