知的障害の兄と向き合う“きょうだい児”、1着のブラウスが導いたヘラルボニーへの道
知的障害の兄と向き合う“きょうだい児”、ブラウスが導いた道

福祉を起点に新たな文化の創造を目指すクリエイティブカンパニー「ヘラルボニー」でアカウント事業部のプランナーを務める大門倫子さんは、重度の知的障害を伴う自閉症の兄がいる“きょうだい児”だ。幼少期の兄への想いや入社のきっかけ、携わった『サントリー天然水』とのコラボパッケージについて話を聞いた。

兄の存在と“特別”の変化

大門さんの原点には2学年上の兄がいる。兄には重度の知的障害を伴う自閉症があり、小・中学校では兄が特別支援学級、大門さんが通常級に通った。

「子どもの頃に兄の障害を強く意識していたかというと、あまり覚えがないんです。両親にも分け隔てなく愛情を注いでもらっていましたし、日常ではテレビのチャンネルの奪い合いをしたりと、ごく普通のきょうだいとして育ちました」

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自閉症の子どもたちが集まるイベントに連れて行ってもらった経験は楽しく、「周りの子たちができない経験ができるのは、兄が“特別”な存在だからなんだと、ちょっと自慢にも感じていました」と振り返る。しかし成長とともに、その“特別”は別の意味を帯びていく。

「誰しも思春期になると“違い”を明確に意識し始めますよね。それゆえに“他と違う子”“変わっている子”が排除されるといったことは、たしかに周囲で起こっていました。私に関してはいじめなどの経験はなかったのですが、むしろ『気を使われているのかな?』と感じてモヤモヤする場面は増えていきました」

同じ学校に通っていたため、先生たちは兄の存在を知っていた。「障害のあるお兄ちゃんがいるのに、頑張っているね」といった言葉をかけられた時は「悔しかった」と語る。

1着のブラウスがつないだ縁

ヘラルボニーの存在を知ったのは芸術学部の映画学科に在籍していた大学生の頃。コロナ禍で実習が中止となり苦しい時期だったが、家で過ごす時間が増え、兄の存在をより強く意識するようになった。

就職活動では「障害のある兄が自分らしく生きていく未来」を模索し、福祉の仕事も選択肢に浮かんだ。そんな時、作家の岸田奈美さんが東京パラ五輪のコメンテーターを務めた際に着ていた鮮やかな青いブラウスが目に留まる。

「このステキなブラウスは『どこのブランドのものだろう?』と調べたところ、ヘラルボニーに行き着いたんです」

障害のある人を“保護や福祉の対象”ではなく、その人の表現や存在そのものに価値を見いだす姿勢に心を動かされ、ビジネスとして作家に正当な対価を還元する事業に惹かれた。「自分が学んできたクリエイティブの領域と、兄の存在を通して考えてきたことが、1つの線で結ばれたように感じました」と振り返る。採用窓口がない中、メールで直談判し、インターンを経て2022年に新卒入社した。

現在、国内外79の福祉施設、293名以上の作家とライセンス契約を結ぶ(2025年12月時点)。JALやJRグループなどの大型プロジェクトにも携わる。

アートで社会の価値観を変える

同社は「障害」という文脈があるから注目されるのか、作品自体が純粋な「アート」として評価されるのかというジレンマと常に向き合っている。

「それは社内でも絶えず議論しているテーマです。『障害』という言葉を使わずに語れる世界が来れば一番良いですし、『ヘラルボニー』という言葉自体にポジティブなイメージが集約されるのが理想です。しかし現時点では、社会に根強い偏見がまだ残っています。だからこそ私たちは、『まずは作品から入り、その背景に障害のある作家のストーリーがある』という届け方を徹底しています」

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パリでの子会社設立や『カンヌライオンズ』での受賞など、活動は世界へ広がっている。「国や地域によって『障害』の定義は大きく異なり、捉え方は全く違います。それでも、現地で海外チームとともに活動する中で、私たちが美しいと信じて届けてきたアートは、国境や文化を超えて深く届くのだと実感しています」

さらに同社は、アートを描く人以外も対象とするため、非営利の一般財団法人ヘラルボニー財団を設立。「こうした大きな課題への答えはすぐに出ないかもしれない。中長期的に向き合っていく必要があると考えています。それでも、私たちが本当に大事にしたかったことを、諦めずに考え続けるための事業体です」と大門さんは話す。

サントリー天然水との協業

約1年半の対話を経て実現した『サントリー天然水』とのコラボレーション。サントリービバレッジ&フードの土屋友胤さんは「サントリー天然水は、人と自然が共生したより良い未来のためにアクションを続けてきたブランドです。その根底にある『人間の命の輝き』という考え方にヘラルボニーの活動との共鳴を見出し、このたびお声がけさせていただきました」と背景を語る。

アートラベルには、文字や数字を線でつなぎ合わせる作風の小林覚さんと、規則的な扇形や点描を反復する水上詩楽さんが起用された。2人は制作にあたり、『サントリー天然水』が作られる北アルプス信濃の森工場を訪問した。

「プロジェクト開始から商品展開まで約1年半。これまで私が関わったプロジェクトでも、これだけじっくりと時間をかけさせていただいたものはかなり稀です。この間、土屋さんをはじめとする『サントリー天然水』チームとは作家の創作しやすい環境も含めて、何度もディスカッションを重ねてきました」と大門さんは振り返る。

土屋さんは「まずは、ヘラルボニーのアートの魅力を届けたかった」とし、「大門さんがヘラルボニーと出会った時のように、この商品を手に取ってもらった方が『キレイなラベルだな』『かっこいいな』と思って、調べたら『なるほど、こういう背景があるんだ』という新たな気づきが生まれることに期待しています」と話す。

大門さんは「『差別をしてはいけない』と正面から伝えるのではなく、心が動いた体験を入り口に、自分の中にあった価値観が揺さぶられる。そうしたことの先に、5年後、10年後の社会の景色が今とは違って見えるようになっていたらいいなと思います」と語った。