人口1007人の町に観光客15万人超、廃墟ホテルと100年ぶり復活の炭酸水
人口1007人の町に観光客15万人超、廃墟ホテルと炭酸水復活

廃墟となった笠置観光ホテルが残る人口1007人の笠置町に、年間15万8356人の観光客が訪れている。一方、明治時代に湧出していた炭酸水を復刻したサイダーは、特産品として10年間作り続けられている。

30年間解体できない廃墟ホテル

笠置観光ホテルは、30年間解体できないまま廃墟として残っている。このホテルは、かつての観光地の面影を今に伝える一方、町の課題となっている。

しかし、そんな町にも観光客は絶えない。年間15万8356人が訪れるのは、キャンプ場や道の駅などが人気を集めているためだ。

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100年ぶりに復活した炭酸水

この炭酸水の歴史を今によみがえらせたのは、笠置町生まれの有田香津代さんだ。笠置保育所の所長を経て、2016年59歳で退職し、当時の町長が発起人の「まちづくり会社」の設立に加わった。

「何か笠置町の役に立ちたいと思って」と有田さんは語る。町と商工会や観光協会、住民有志が出資し、有田さんは当時の地域おこし協力隊のメンバーらと共に空き店舗を借り、自分たちの手で改装した。

ラベルで差別化した特産品

サイダー復刻のきっかけは、有田さんの記憶からだった。「私が子供のころ、80歳前後の住民が『昔、砂糖を持って炭酸が湧く川原に行った』って聞いてたんです」という。

湧き出る炭酸水に砂糖を溶かして飲んでいたという話をヒントに、有田さんたちは町おこしの商品を作ろうと決めた。サイダーの製造は兵庫県の工場に委託し、中身は市販のサイダーと変わらない。差別化したのはラベルだ。

明治時代の発売当時のラベルを忠実に再現し、中央には当時の湧出地を写したセピア色の写真が収まる。資金は京都府の補助金を活用し、半年ほどで最初の500本ができあがった。

「飛ぶように売れたというわけではないけど、特産品として形になりました」と有田さんは振り返る。

10年続く商品と現在の活動

それから10年、年間およそ1400本が作り続けられている。事業としては決して大きな数字ではないが、一度も途切れることなく、キャンプ場近くの店や南山城の道の駅、駅前カフェに並び続けている。

有田さんはまちづくり会社を3年で退任したが、現在は子ども食堂や、空き家を改装した居場所「ホーム」を運営し、自分にできることを探し続けている。

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