日本で初開催となった、聴覚障害者のアスリートが出場する「デフリンピック」が2025年11月に開催され、半年余りが過ぎた。全日本ろうあ連盟の前事務局長で、デフリンピック運営委員長を務めた久松三二さんに、大会について話を聞いた。
当事者主体の運営が実現した大会
久松氏は、日本でデフリンピックを開催する動きが以前からあったが、当事者ではない有志が動いたためうまくいかなかった経験から、「当事者の自分たちが動かないといけない」という教訓を得たと語る。今回の東京デフリンピックは、当事者主体の運営を貫いたことで実現し、当事者にとって大きな自信となった。東京都も次第に当事者主体の考え方を理解するようになったという。
社会の理解と手話の広がり
聴覚障害者への社会の理解は、デフリンピックを通じて間違いなく広がったと久松氏は評価する。特に手話を学ぶ人が増えたことが大きく、聴覚障害者が働く職場でも、まず当事者が何を望んでいるか話を聞く行動が広がったという。障害のない人が、障害のある人に自分の考えを押しつけず、本人の意向を聞くことは共生社会の第一歩であり、デフリンピックがそのきっかけを作ったと述べている。
選手たちの自信と地域での評価
選手たちは皆自信たっぷりの様子で、これまで取材を受けることも関心を集めることもなかったが、デフリンピックを通じて社会の中での自分の存在を示すことが自信につながった。活躍した選手たちは、ゆかりのある地方で知事や市長から賞状を授与されるなど、応援を実感している様子だったという。
今後の展望:記録映画とデフスポーツ振興
久松氏は、デフリンピックの成果を次につなげるため、記録映画を制作し、来年1月から日本各地で上映会を開催する計画を明らかにした。また、デフスポーツは全日本ろうあ連盟だけで支えるのは難しく、デフスポーツ振興の体制づくりを進める考えで、デフスポーツに特化した団体の設立を検討している。スポーツだけでなく文化活動も強化し、手話文化で仕事ができるような支援を目指す。
アジアパラ競技大会への提言
秋には愛知県を中心にアジアパラ競技大会が開催されるが、久松氏は、アジアパラでは当事者が積極的に運営に関わっておらず、お客様扱いされていると感じている。自身もパラスポーツ団体で役員を務めた経験から、「支える」という言葉が多用されることに疑問を呈し、当事者が主体性を持って動くことの重要性を訴えたいと述べている。



