32年ぶりの日本開催となる愛知・名古屋アジア大会が19日に開幕する。大会経費は当初見込みの1千億円から3700億円に膨張し、物価高の中で運営は苦しい状況が続いている。五輪やW杯の誘致に失敗してきた愛知にとって、念願の大規模なスポーツイベントとなる。
開幕前にボランティアが感慨
開会式に先立って始まったバスケットボールの会場でボランティアスタッフを務める国分孝雄さん(87)は「オリンピックに匹敵する場を名古屋が提供できることは、世界への大きな貢献だと思う」と感慨を語った。
愛知県トライアスロン協会会長の国分さんには、二つの「敗戦」の記憶がある。一つは半世紀近く前、1988年のオリンピックを名古屋に招致する活動だ。黄色の地に「NAGOYA OLYMPICS」と赤字で書かれたシールを1千枚つくり、市民に配った。しかし、81年の国際オリンピック委員会(IOC)総会でソウルに敗れた。
招致活動の歴史
国分さんは再び、2016年五輪の名古屋誘致に動いた。「新しいことにチャレンジしていかないと街はしぼみますから」。06年1月、「名古屋オリンピック招致をすすめる市民の会」の総決起大会で準備委員長を務めたが、名古屋市議会では五輪立候補に必要な決議もされなかった。13年、東京が20年五輪の招致に成功した。
愛知県と名古屋市は16年、日本オリンピック委員会(JOC)に26年アジア大会立候補の意思を表明。他に立候補都市がなく、16年9月のアジア・オリンピック評議会(OCA)の総会で開催が決まった。
国分さんは「アジア大会に大村秀章知事が手を挙げてくれて、よかった。私自身、オリンピックを単なるスポーツイベントととらえず、スポーツを通じた各国の融和の場として招致を望んでいた」と話す。
W杯誘致失敗の歴史
中京大の冨田幸祐講師(39)=スポーツ史=は、日韓が共催した02年のサッカーワールドカップ(W杯)の誘致に失敗した歴史を挙げる。日本国内の会場として名古屋市が立候補を予定していたが、大高緑地に新スタジアムを造る構想に市民から反対運動が起き、断念。愛知県が会場地を豊田市に定めて立候補したものの、落選した。
冨田講師は「愛知県では大き…」と話す。大会運営は経費の膨張と物価高の中で続き、関係者は苦しい運営を強いられている。



