明石歩道橋事故の花火大会実行委員長、遺族の言葉なく「逆に堪えた」…佐渡裕さんの音楽に救い求める
明石歩道橋事故の実行委員長、佐渡裕さんの音楽に救い求める

兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)の明石公演が今年も9月に兵庫県の明石市立市民会館で開かれる。2001年7月21日に発生した明石歩道橋事故で市内を覆う沈滞ムードから子どもらを元気づけたいと、明石商工会議所副会頭(後に会頭)の平岡勝功さん(78)が、世界的指揮者・佐渡裕さん(65)に宛てた手紙がきっかけになった。

事故当時の記憶

花火大会で、JR朝霧駅と会場の大蔵海岸を結ぶ歩道橋に見物客が殺到し、0~9歳の子ども9人と高齢者2人の計11人が転倒するなどして亡くなった。

花火大会がメイン行事の「明石市民夏まつり」は市や観光協会などが中心となった実行委員会が主催。委員長だった平岡さんは事故後、謝罪で遺族らを回った。多くが幼い子どもを亡くした親だったが、厳しい責めの言葉はなかった。「逆にそれがつらいというか……。堪えた」

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手紙がつないだ縁

精神的に追い込まれていた時、佐渡さんが開館準備中の兵庫県立芸術文化センター(西宮市)の芸術監督に内定したと知る。「明石の子どもらを音楽で励ましてやってほしい」。つてを頼り手紙を書いた。

佐渡さんは「鮮明に覚えている。事故の犠牲者への追悼と、未来に向け、明石の子どもらを元気づけたいという熱い内容だった。僕自身すごく心を動かされた」と振り返る。

音楽交流の広がり

2人の思いは、02年9月に結実する。明石市民会館で市内の中高生の合同バンドを佐渡さんが指導する催しを開いた。03年11月にはオーディションで選ばれた児童生徒による「スーパーキッズ・オーケストラ」の最初の演奏会を明石で開催。歩道橋事故の遺族らも招き、追悼の意を込めて「G線上のアリア」を演奏した。

佐渡さんは06年からは毎年のように、市内の小学校を訪れて特別授業をしたり、PACの公演を開いたりするなど明石との音楽交流を続けている。平岡さんも、PACの公演に子どもたちを無料招待する活動を行っている。

平岡さんは「佐渡さんじゃないとここまで続かなかった。これからも佐渡さんの取り組みを通じて人を感動させる音楽家が明石から出ればいいな、と期待している」と話した。

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