清朝が中国にもたらしたものとは?岡本隆司著『清朝は、「中国」に何をもたらしたか アヘン戦争』書評
清朝が中国にもたらしたものとは?岡本隆司著書評

アヘン戦争が清朝に与えた真の衝撃とは

岡本隆司氏の新著『清朝は、「中国」に何をもたらしたか アヘン戦争』(NHK出版、1265円)は、アヘン戦争(1840~1842年)が清朝に与えた影響を再検証する。歴史学者の君塚直隆・駒沢大学教授が書評を寄せた。冒頭で紹介されるのは、ペリー来航時の狂歌「泰平の眠りを覚ます上喜撰たつた四杯で夜も寝られず」だが、著者は日本史からの安易な類推を戒める。アヘン戦争後も清朝では「中華こそが世界の中心である」という華夷秩序観に変化はなく、戦後の条約で香港を割譲し港を開いたのは、夷狄を撫でる「撫夷」の方策にすぎなかったという。

日本との違い:攘夷か開国かではない選択

幕末の日本が「攘夷」か「開国」かの二者択一に揺れたのに対し、太古から夷狄の扱いに慣れた中華帝国にとって、イギリスに敗れたことは恥にはならなかった。清朝に限らず中国では官(政権)と民(民間)の間に乖離・疎遠が見られ、巨大な国にもかかわらず財政支出は少なく、貧しい人々は結社を作り互いに助け合った。この構造が「アヘンを受け入れてしまうような国家体制・社会構造」へとつながったと著者は指摘する。

清朝の統治手法:因俗而治と満洲人支配

さらに清朝は人口の1%にも満たない満洲人が形成した国家であり、在地・在来の慣習・慣例・制度・体制を尊重する「因俗而治」という統治手法を用いた。この外的かつ内的な複雑な状態にあった清朝を西欧列強が襲い、太平天国の乱のような危機も発生。やがて「西洋の衝撃」で近代化を果たした日本が清朝に襲いかかることになる。

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現代中国への示唆:終わらない革命

清朝滅亡から一世紀以上を経た現在でも、中国は国民国家の形成を目指して常に「革命」を繰り返す。香港の統治をめぐる一国二制度は、かつての因俗而治にも通じる。著者の言葉を借りれば、中国にとってアヘン戦争も清朝時代もいまだ終わっていないのかもしれない。

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