『明治の出版革命 書店界の風雲児「兎屋」の興亡』(鈴木俊幸著、角川選書、2717円)は、1878(明治11)年から約10年間、日本中にその名をとどろかせた東京の書店「兎屋」の盛衰を描く。明治期の出版業界に一大革命をもたらした同店の戦略と、その後の業界変革に与えた影響を、膨大な新聞広告や引札(チラシ)を駆使して明らかにしている。
「日本一の天狗書林」と名乗った謎の書店
兎屋は、店主の望月誠が経営した書店である。しかし、望月の経歴の詳細や生没年さえもほとんど分かっていない。それにもかかわらず、同店は「日本一の天狗書林」と自称し、全国の新聞に大量の広告を掲載することで、瞬く間に知名度を獲得した。当時、新聞は急速に発展し、読者層も拡大していた。この時代の波に乗り、望月は予約による通信販売や地方への出張販売、さらには大安売りという斬新な戦略を打ち出し、一時的ながら大成功を収めた。
斬新な広告戦略とその影響
望月の得意としたのは、新聞広告と引札である。店主自らがイラストに登場し、長々と宣伝文句を並べる広告は、その面白さで新聞社にも読者にも受け入れられた。本書では、何冊売れたかといった数字は怪しいとしながらも、広告そのものの魅力が兎屋の成功を支えたと分析する。しかし、このような商売は長続きしなかった。兎屋が地方に進出し、現地の書店と激しい宣伝競争を繰り広げた結果、競合他社も同様の手法——手広い販売書目や派手な新聞広告——を身につけていった。書籍業界全体が大きく変わるきっかけとなったのである。
転換期の熱気を伝える資料群
本書の最大の特徴は、当時の大量の広告を克明に紹介している点にある。これらの資料は、明治初期の出版業界が直面した転換期の熱気を現代に伝えている。評者の苅部直氏(政治学者・東京大教授)は、本書の紹介する広告が、業界の変革を生き生きと描き出していると評価する。兎屋の興亡は、明治の出版革命の縮図であり、現代のマーケティングや流通の先駆けとも言えるだろう。



