紺碧のアビタシオン第25回、美貴子の音楽への想いと戦争の足音
紺碧のアビタシオン第25回、美貴子の音楽への想いと戦争の足音

美貴子は口を噤んでいた。結婚などずっと先のことだった。今は勉強をしていたい。けれど、さらに上の学校に行くとして、何を勉強するのか、美貴子のなかではまだ何も方向性が決まっていなかった。

それでも興味のあるものといえば、ピアノに声楽、ソプラノパートで歌を歌うことは美貴子の特技でもあり、ただひとつ興味のあることだった。

音楽への想いを語る

「私は音楽の勉強がしたいな……」ふと美貴子が言った。

「素敵! 仲元さんの声はとっても素敵だもの」

「ねえ、なにか歌ってくださらない?」

そう言われて迷ったけれど、美貴子は布団を出て、暗闇のなかに立ち上がった。咳払いをひとつして、いつも教会で歌っている聖歌を小さな声で歌った。歌い終わると、皆が小さく拍手をしてくれた。廊下から先生の声が聞こえたような気がして、美貴子は慌てて布団のなかに戻る。

眠れぬ夜と戦争の気配

「今日は仲元さんのおかげでいい夢が見られそう」

「今夜は大連の夢を見ましょう」

「そうね、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

しばらくすると、ほかの布団から健やかな寝息が聞こえてきた。

美貴子はいつまで経っても眠ることができなかった。瞼を閉じると、どうしても今日見た家屋の光景が蘇る。あのお勝手、という場所がどうしても心のなかから去っていかない。

子どもの頃の色付きの積み木遊びが蘇った。私なら、あんなに暗くて寒い場所に台所を置かない。

女性が一日の大半をそこで過ごすのなら、そこは日の当たる場所であるべきだ。美貴子の頭のなかで作られた台所は、大連、光風台の家の台所そのものだった。そんなことを考えていると、美貴子も穏やかな眠りの世界に引きずられていった。この年、すでに戦争の足音が、美貴子たちのすぐそばまで近づいていたことも知らずに。