書籍は3部構成だ。第1部は、2019年6月23日の沖縄慰霊の日にジョンさんが司会を務めるJ-WAVEで放送された「J-WAVE SELECTION GENERATION TO GENERATION~STORIES OF OKINAWA~」を再編集・公開したポッドキャストをもとに、加筆・修正を施した内容である。第2部は川平朝清さんによる語り下ろし、第3部はジョンさんによる語り下ろしで構成される。巻末には、孫にあたる川平羽夏さんによる書き下ろしが収められている。
本書の価値は、一家族の歴史にとどまらない点にある。現在「沖縄県」として認識されている地域の歴史の変遷や、戦前の日本に台湾が存在していたこと、敵国だったアメリカと戦後に接触した際の衝撃が、一つの家族の歩みを通して立体的に描かれている。その積み重ねは、貴重な歴史の証言と言えるだろう。本稿では、川平朝清さんの台湾時代を中心に紹介する。
琉球王家につながる川平家
第1部と第2部はともに、川平朝清さんが語る祖父・川平朝彬(ちょうひん)と川平家、そして琉球王国の歴史から始まる。川平家は琉球王家につらなる家系で、代々、通訳や歌舞音曲に携わってきた。1832年、琉球王国から徳川幕府へ派遣された使節団を描いた版画「琉球人来朝行列図」には、朝清さんの祖父・川平朝彬の姿が描かれている。名前の脇には「正使小姓 川平里之子(さとぬし)」と記され、官名は向大輝川平親雲上(ペーチン)朝彬。ペーチン(親雲上)とは近世琉球王国における位階の一つで、黄冠の着用を許された特権階級だったという。
12歳で加わった江戸への旅
この使節団は、尚泰王(しょうたいおう)の即位に伴う「謝恩使(しゃおんし)」と呼ばれたものだ。琉球から薩摩を経て江戸まで、約2000キロメートルの道のりを往復し、1年から1年半をかけて旅をしたとされる。長い道中では命を落とす者もいたといい、朝彬はわずか12歳でその一員に加わった。
音楽・舞踊の修業と歌の採集
沖縄へ戻った朝彬は、琉球音楽家・野村安趙(のむら・あんちょう)に師事し、音楽や舞踊の修業を始める。その後、尚泰王が野村安趙に三線用の「文字楽譜」の編纂を命じると、朝彬ら弟子たちは琉球各地の歌の聞き取り調査に乗り出した。久米島や八重山諸島、さらには奄美大島まで足を延ばし、貴族階級の楽曲だけでなく庶民の歌も含め、幅広く採集・記録した。



