今月のイチオシ詩歌は、工藤俊雄さんの第1句集『幻肢』(現代俳句協会・3290円)と、道券はなさんの第1歌集『ひからせる』(角川書店・2640円)を取り上げる。
95歳の第1句集『幻肢』
工藤さんは昭和6年、青森市生まれの95歳。「幻肢」とは、事故や病気で手足を失った人が、存在しない手足があるかのように感じる現象を指す。このタイトルが意味するのは、長く生きているうちに失ってしまった事物-家族、師、友人、家、故郷、方言、かつての暮らし、沈潜していた若かった時代の記憶などが発するささやきだ。この声は年を取るにつれ、よりはっきりと聞こえてくるのかもしれない。本句集はそれへの応答なのだ。
工藤さんの資質を強く感じさせるのが次の句である。
《合歓の花路通と少し徘徊す》
路通とは芭蕉門下の奇人といわれた八十村路通のこと。徘徊の友に路通を選ぶところに一筋縄でゆかぬ何かを感じる。それは次の句でより鮮明になる。
《草いきれ老いて何かの亜種となる》
《命終のいろはにほへどいぬふぐり》
老いとは、人間という枠から少しずつずれてゆくこと。透徹した目がここにはある。後者の遊び心にひそむ哀愁もまたよい。
北の風土が育んだ哀惜
この句集の魅力とは、寺山修司さんの作品ににじむ故郷喪失の寂しさに通じる、北の風土が育んだ得も言われぬ哀惜の感情だと思う。
《かまきりの亡骸津軽方言集》
2つの事物を無造作に並べただけのように見えるが、故郷に寄せる深い思いがじわじわと伝わってくる。そして私がもっとも好きなのが次の句だ。
《夕かなかな巨きな影が下りてくる》
死者や故郷や少年時代の記憶が、ひとつの巨大な影となって静かに下りてくる。「不在」の存在感に圧倒される。
道券はな『ひからせる』
もう1冊、道券はなさんの第1歌集『ひからせる』が強烈な印象を残した。冒頭に配されているのは、6年前に角川短歌賞を受けた連作「嵌めてください」。ここに描かれるのは、恋人とハンス・ベルメールの球体関節人形展へ出かけた1日である。
読んでいてジョイスの『ユリシーズ』を想起した。1904年6月16日、ダブリンで過ごす人々の平凡な1日を描いた長編小説だ。街を歩き、人と会い、食べ、考える。その間にも記憶や欲望や感情は脈絡なく浮かんでは消える。ジョイスはその「意識の流れ」を作品にした。
彼女の繊細な感性と観察眼が、ベルメールのエロチックで異様な人形と出合うことで、より研ぎ澄まされてゆく。この連作はそのとき絶えず移ろう意識を、短歌という小さな器に一瞬ずつを定着させたものだ。
《暖房に汗ばむ身体生きるかぎり朽葉のような匂いをはなち》
《暑苦しい乳房を脱げばさえざえと硬貨のようないのちが残る》
ガラスの目を持つ人形を前にして、生身の肉体を持つ自分への嫌悪感を覚えたかと思うと、別の瞬間には意識はあらぬところへ飛ぶ。
《明日事故で亡くなるひとはいま何をしているだろうこの秋晴れに》
意識の流れを定着させた38首によって描かれた1日のなんと奥深いことか。