四月の寄宿舎。美貴子は廊下の雑巾がけを命じられ、冷たい水に手を浸しながら掃除に励んでいた。しかし、舎監の先生から「もう少し丁寧に。ここにまだ汚れが残っています」と厳しい声が飛ぶ。
厳しい指導と冷たい水
バケツの水はまだ冷たく、美貴子は心を決めて雑巾を洗う。適当に絞ったところを見抜かれ、先生は「そんな絞り方では水分が残ったままです。貸してごらんなさい」と雑巾を竹刀を握るように絞り、大量の水を滴らせた。
「常にこれくらいの力で絞りきるように。そうしないと水分が残ってしまって、床が腐ってくることがありますから」と先生は眼鏡を光らせながら言う。美貴子は「……はい」と返事をしたものの、「なんで、私がこんなこと……」と納得できない思いを抱えていた。
大連時代との違い
美貴子は生まれてこの方、掃除を真面目にしたことがなかった。大連時代の女学校では掃除を適当にこなし、𠮟る先生もいなかった。家の掃除は使用人の仕事で、役割があると割り切って暮らしてきた。しかし、この寄宿舎ではその考えは通用しない。
先生に言われた通り力いっぱい雑巾を絞ると、白い指先が真っ赤になり、ちりちりと痛んだ。しゃがんで床を磨けば腰に鈍い痛みが走る。ふかふかのベッドに慣れた美貴子にとって、畳の部屋で同室の生徒たちと枕を並べ、薄い煎餅布団で眠ることも慣れないことだった。
週末の帰宅を支えに
「それでも週末になれば、自宅に帰ることができるんだから」と美貴子は心の中で自分に言い聞かせ、舎監の先生に目をつけられないよう、廊下の陰に隠れて床を磨き続けた。