変わりゆく世界を心眼で捉える:国際政治学者・森聡が語る読書の効用
変わりゆく世界を心眼で捉える:森聡氏の読書論

7月の空想書店の店主を務めるのは、国際政治学者で慶応大学教授の森聡氏(1972年生まれ、大阪府出身)である。森氏は、本棚に並べる本を選ぶにあたり、自らの読書遍歴をたどるしかないと語る。

幼少期のロンドンとホームズ全集

小学校低中学年の4年半をロンドンで過ごした森氏は、親に日本から取り寄せてほしいと唯一頼んだ日本語の本がシャーロック・ホームズの全集だったという。推理小説を読み漁り、何がヒントかを考えながら展開を予想し、読み進めては答え合わせをするのが楽しかったと回想する。最近は講演などで某国大統領の外交の展望について尋ねられることが多いが、楽しいかどうかは別として、同じような分析作業をしている気がしないでもないと述べている。

香港での文学教育とシェイクスピア

1980年代後半、香港で3年間米国式の高校に通った経験が強く印象に残っている。文学の授業では、シェイクスピアからゴーゴリ、ワイルド、イプセン、ベケット、サルトルまで、毎週文学作品とプロの批評を読み、ペーパーをまとめる課題に追われた。深夜まで格闘しながらも、登場人物の心に入りつつ突き放して考察する作業は楽しかったという。ハムレットの心理分析で高評価を得て喜んだ記憶があり、同時期にフレデリック・フォーサイスの冷徹な筆致に魅了された。

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京都大学での衝撃:高坂正堯との出会い

京都大学でゼミに応募する際、高坂正堯先生が一躍脚光を浴びたという論文を読もうと思い、図書館で「中央公論」1963年1月号の「現実主義者の平和論」を手に取った。当時は北朝鮮核危機のさなかで、発表から約30年後だったが、その内容に衝撃を受け、即座にゼミ応募を決意し、入ゼミを果たした。

ニューヨーク留学とエマソンの教え

大学院でニューヨークに留学し、国際法と安全保障、さらに文学の授業も受講した。評価が分かれるテーマではあるが、エマソンの『自己信頼』や『アメリカの学者』に描かれる、欧州からのアメリカの自立というテーマが鮮烈に残っている。自立をどう考えるかは、時代の節目ごとに問われる問いだと森氏は指摘する。

小林秀雄と宮本武蔵の「観の目」

博士課程の頃に小林秀雄の文章に出会い、深く感銘を受けた。特に『私の人生観』に登場する歴史観と、宮本武蔵の「目付之事」のくだりが好きだと語る。小林によれば、武蔵は「見る」ことについて〈観〉と〈見〉の二つの見様があると説いている。〈見〉の目は敵の動きを分析的・知的に理解する常の目であり、〈観〉の目は相手の存在を全体的に直覚するいわば心眼である。見ようとする意が目を曇らせるため、立会いの際は「観の目強く、見の目弱く見るべし」という。小林は「歴史家というものは、物的状態を調べるのではない、歴史という人間と立会う」と述べている。

変わりゆく世界を我が身として感じる

森氏は、変わりゆく世界を〈観〉の目で我が身のこととして感じられるかどうかが重要だとし、今回の空想書店のブックトーク企画はそのテーマに決まったと述べている。丸善丸の内本店(JR東京駅前)3階では、近日中に森聡氏の「空想書店」コーナーが登場する予定だ。

店主の選んだ5冊

森氏は、流動化する世の中のノイズに惑わされないために、本を読んで考えることを繰り返し、AI時代に物事の本質を見抜く知性を磨くしかないと強調する。そのための推薦図書として以下の5冊を挙げている。

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  • 『人生について』(小林秀雄著、中公文庫、990円)
  • 『ダブリンの4人』(R・エルマン著、大澤正佳訳、岩波書店、品切れ)―ワイルド、イェイツ、ジョイス、ベケットの解説。
  • 『ジャッカルの日』(F・フォーサイス著、篠原慎訳、角川文庫、上下各1144円)―エドワード・フォックスを想像せずにはいられないが、冷徹で精緻な描写は圧巻。
  • 『自己信頼[新訳]』(R・W・エマソン著、伊東奈美子訳、海と月社、1320円)―1830年代後半の米国人が聞き入った講演の集成。現代の米国と照らし合わせるのも一興。
  • 『高坂正堯外交評論集』(高坂正堯著、中央公論新社、4180円)―評論の背後にある大きな歴史感覚と、そこから導かれる斬り口の鋭さに今でも圧倒される。洞察とは何かを知る一冊。

森聡氏は1972年大阪府生まれ。慶応大学教授。専門は現代国際政治。外務省を経て東京大学で博士号取得。法政大学教授などを歴任。著書に『ヴェトナム戦争と同盟外交』などがある。