AI時代に「いいノイズ」が必要、文芸評論家・三宅香帆さんが講演
AI時代に「いいノイズ」が必要 三宅香帆さん講演

文芸評論家の三宅香帆さん(32)が14日、名古屋市中区のTIADで開かれた「読売Bizフォーラム中部」に登壇し、人工知能(AI)が普及する時代に、自分が求める情報だけでなく、背景を説明する知識を「いいノイズ(雑音)」として積極的に活用する必要性を強調した。

読まぬ「働く大人」の増加

文化庁の「国語に関する世論調査」によると、1か月に本を1冊も読まない人の割合は、2018年度の47・3%から23年度には62・6%に急上昇した。それまでは46~47%台で推移していたため、三宅さんは「この5年間に何が起きたのか」を考察した。

変化の要因として、メディア環境の激変を挙げる。コロナ禍を経て、スマートフォンで見るコンテンツが文字から動画へと移行し、長文の本が遠ざけられた。若者の読書離れが指摘されるが、小学校高学年や中学生の読書冊数はむしろ増加傾向にある。これは学校で読書時間が確保されているためであり、「読書や勉強の時間をどう確保するかは、むしろ働く大人の問題ではないか」と三宅さんは指摘する。

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日本の読書文化の変遷

日本では会社の研修が発達した一方、自分で学ぶ文化が根付いてこなかった。転職が増えた現在、知識を得る方法を改めて考える必要があると訴えた。

歴史を振り返ると、日本はかつて今より長時間労働だったにもかかわらず、読書大国でもあった。明治時代から戦前にかけては、教養が働くために不可欠とされ、『西国立志編』が広く読まれたのは、西洋の成功者の生き方を参考にしたからだ。戦後からバブル期には、本は娯楽として定着し、文庫本が駅で販売され、通勤中に読まれた。同僚と同じ本を読むことが職場の会話を生んだ。しかし、1990年代以降、働き方と余暇が個人ごとに分断され、インターネットでは受け手が好きな時に好きなものを選べるようになった。

「知識」から「情報」への移行

本が読まれにくくなった最大の理由は、労働に役立つものが「知識」から「情報」へ移行したことだと三宅さんは分析する。「情報」とは今日の天気のように即座に答えが得られるものだが、「知識」は背景や文脈、体系まで含む。検索やAIは「情報」をピンポイントで提供するが、本には知りたいこと以外の「知識」も書かれている。そのため、背景知識が「ノイズ」と映り、本がまどろっこしいメディアに見えるのではないかと指摘する。

漫画雑誌では、目的でない作品を好きになることがある。新聞も関心外の記事が目に入る。好きなものだけを選ぶと、偶然の出会いが減り、それは良くないと警鐘を鳴らす。

新発想は専門外の組み合わせから

三宅さんは自身の著書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の着想について、専門の読書史と、詳しくなかった労働史を組み合わせたからだと説明。「専門外のものが新しい発想を生む」と語る。

AIは同じ分野の知識を説明することは得意だが、一見関係のない分野を結びつけることは苦手だと考えている。異なるものを持ち寄るのは人間だからできる。AI時代こそ、関心の外にある「いいノイズ」が必要になる、と強調した。

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決まり文句に用心、言語化の重要性

何がいいノイズなのかを知るには、心が動いた理由を言語化しなければならない。その際、「クリシェ」(フランス文学研究用語で決まり文句)を使わないことが重要だ。三宅さんはクリシェを「世間で流通しているそれっぽい言葉」と捉えている。「考えさせられた」「泣けた」「やばい」といった言葉は、使い方は間違いではないが、そこで考えることが止まってしまう。何を、どこで、なぜ感じたのかを考えてほしい。必要なのは、語彙力よりも細分化して考える力だ。「アルバイトを頑張った」ではなく、何をどう頑張ったのかまで掘り下げるべきだと述べた。

本は、いいノイズを取り入れる手段であり、人と話し、自分が何を好きなのかを考えることにも役立つ。「帰りに書店へ寄り、本棚を見てもらえたらうれしい」と締めくくった。

質疑応答:言語化と相手への配慮

質疑応答では、人事制度や評価について言語化・細分化を重ねると、相手を傷つけるなど表現が難しい部分があるとの質問が寄せられた。三宅さんは「自分の中では言語化すればするほど精度が上がるが、人と共有したり評価を行う場面では、言語化しすぎると誰かを傷つけることがある」と応じた。大学では先生同士の会話と学生に話す言葉が違い、会社では新入社員と人事担当者内だけの言葉では異なる。「相手によって言語化を変えることが必要なのかなと思う」と述べた。

また、月に何冊読むかとの質問には「月に20冊ぐらいは読んでいる。読むものがなくなったらどうしようという恐怖が常にある」と回答。名古屋の書店について「理工系の書籍が前の方にあり、棚が今まで見たことないぐらい多く、建築の雑誌もすごく充実していて驚いた。書店はその土地の皆さんが何を知りたいかがわかる。書店員さんがポップを手作りで、紙だけではなく布で作っていて、もの作りの精神が生きていると思って感動した」と語った。

紙の本と電子書籍の使い分けについては、「電子書籍も使うし、インターネットで購入することもあるが、街の書店で買うのが一番早く手に入ることもあり、自分の中で読みたい本が見つかりやすいので、紙の本が一番多い」と話した。