和歌山県海南市に根づく家庭の味「こうてって味源」
熊野古道の要衝に位置する和歌山県海南市は、温暖な気候と豊かな海・山の幸に恵まれ、紀州漆器の里としても知られる地域です。そのJR海南駅西側、商店と住宅が入り交じる一角に、ひときわ温かみを放つ店「こうてって味源」があります。店名の「こうてって」は関西弁で「買っていって」を意味し、訪れる人々に親しみを感じさせます。
華僑夫婦が紡ぐ日本の家庭料理
店の中心にいるのは、86歳の朱姚君子さんと90歳の夫・朱治源さんです。両親が中国出身の華僑として日本で生まれ育った二人ですが、提供するのは中華料理ではなく、日本の家庭的な味が自慢です。店内には二つの入り口があり、右側が食堂、左側が弁当や総菜を販売するコーナーとなっています。君子さんは「どっちにお客さんが来ても見えるから」と、中央の椅子に座って客を迎え、笑顔で接します。
食堂では、サービスランチ(700円)やカレー(550円)、丼物(600円~)などが人気で、昼時には近隣で働く人々が多く訪れます。特にからあげ定食(850円)は評判で、カリッと香ばしい衣としょうゆで下味をつけた柔らかい鶏肉が特徴です。君子さんは「安くてうまくてボリュームがある。『ほかとはひと味違う』と言ってくれる人が多いね」と自信を持って話します。
地域に支えられて広がる人の輪
常連客の中には、月に2、3回訪れるという75歳の榎本礼子さんや、78歳の沖田絹代さんがいます。榎本さんは「どれもお袋の味でおいしい」と語り、沖田さんも「家ではこんなにカラッと揚げられないよ。店の雰囲気も好き」とファンを公言します。市外から足を運ぶ客もおり、店の味が地域を超えて愛されていることが窺えます。
調理を主に担うのは、長男の妻で約40年前に中国から来た蘭さん(61歳)です。彼女は「周りのみんなが私の師匠」と話し、おからや高野豆腐の煮物といった和のおかず作りをスタッフから習得しました。企業などに納める200個以上の弁当作りもあり、毎日暗いうちから働く忙しい日々を送っています。
お好み焼き店から総菜・食堂へと進化した歴史
君子さんは和歌山市生まれで、父親がすし店や食堂を経営していた時期もあり、和食に親しんで育ちました。23歳で海南市生まれの治源さんと結婚し、「自分の根を張る所を作ろう」と自宅を改築してお好み焼き店「味源」を始めました。大阪の親類に習った味は「大阪の味や」と評判になり、繁盛しました。
時代の流れに合わせて、店は変化を遂げてきました。大阪でビリヤードが流行していると聞けば店の奥をビリヤード場にし、海南ではまだ珍しかったため人気を集めました。しかし、家の改築費の借金に悩みながらも、息子2人を育てるために働き続けました。
1978年には近くのショッピングセンターに出店しましたが、2010年に同センターが閉鎖されると、現在の場所で野菜の販売を開始。苦労を重ねた末、総菜・弁当の販売に転じ、客の要望に応えてテーブルを設置し、食堂としての形を整えていきました。
人生に悔いなし、働く喜びを胸に
約10年前から地元企業への弁当納入が始まり、注文数は増え続けています。君子さんは「宣伝したことはないのに、どなたが薦めてくれたのか。私はいつも人に恵まれるの。ありがたい」と笑顔で語ります。背筋を伸ばした治源さんとともに、元気で働けるうちは働こうと決意しています。
「人の倍働き、倍遊んだ。家族みんなが元気な今が一番幸せ。人生に悔いはないんよ」と歯切れ良く話す君子さん。その言葉には、長年にわたる努力と地域への感謝が込められています。「こうてって味源」は、単なる食堂ではなく、華僑夫婦が築いた家庭の味と、そこから広がる人の輪を象徴する場所として、海南市に深く根ざし続けています。



