国鉄時代の山陰本線を走るキハ58系の急行列車の記憶を、鉄道写真家・南正時氏が振り返る。気動車急行は、一部にキハ55系や普通列車用気動車を連結した列車もあったが、基本的にはキハ58系での運転が中心だった。車両単体ではどこで撮影してもほぼ同じに見えるため、風景やサボ(行先表示板)が重要な差別化要素となった。中でも格好の被写体はヘッドマークを掲げた列車である。
ヘッドマーク付き気動車急行の魅力
印象的なヘッドマーク付き気動車急行として、金沢と能登半島(珠洲・輪島)を結んだ急行「能登路」が挙げられる。能登半島の観光ブームに支えられ、1966年に準急から急行に昇格。1970年代初頭から能登半島の観光地を描いたイラスト入りヘッドマークを取り付け、SLの活躍や美しい沿線風景と相まって多くの撮影者が訪れた。七尾線の能登三井駅(廃止)に停車する同列車は、カラフルなヘッドマークが特徴的だった。
四国の急行列車もヘッドマーク付きで外せない存在だ。特急が少なかった当時、四国の優等列車は気動車急行が主流だった。各列車には列車名を描いたシンプルなデザインの円形ヘッドマークが取り付けられ、大きな特徴であり魅力でもあった。急行「あしずり」もその一例である。
ローカル線の華としての気動車急行
南氏は1970年代以降、『ケイブンシャの大百科』の取材で全国の特急・急行列車を撮影。被写体としてだけでなく、撮影地への移動手段としても気動車急行は各地で重宝された。しかし国鉄末期には本数が年々減少し、かつて長編成で活躍したキハ58系も普通列車での運用が増えた。幹線や地方主要路線の電車急行は特急に格上げされる例が目立ったが、ローカル線中心の気動車急行の多くは格上げされずに消滅。急行廃止により唯一の優等列車を失った路線も多かった。
地方のローカル線が元気だった時代の象徴が、キハ58系に代表される気動車急行だった。全国津々浦々、幹線も走ったが、その本質は「ローカル線の華」であったと南氏は述べている。



