世界最大級の広告祭「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」が6月22日から26日まで開催され、最終日に日本のセガが公式セッションを主催した。テーマは「The Sonic Effect: How Japan’s Fandom Culture Elevates Playful Worlds」。今年35周年を迎えるセガの代表キャラクター「ソニック」の歩みとファンダム戦略が紹介され、300名を超える聴衆が集まった。セッションはPRストラテジストの本田哲也氏がモデレーターを務め、セガ社長の内海州史氏とソニッククリエイティブオフィサーの飯塚隆氏が登壇した。
ソニックの低迷期と復活の始まり
内海氏はソニックの歴史を振り返り、2000年代初頭までは順調だったが、その後厳しい時期が続いたと説明。回復のきっかけは、飯塚氏が東京からアメリカに移り、コミュニティ担当のスタッフを一人採用したことだという。その担当者はクリエイティブで、コミュニティ内でさまざまな仕掛けを行った。その結果、フェイスブックからTikTokに至るまでコミュニティが成長。中でもユニークでクリエイティブなファンが「一緒にゲームを作りたい」と申し出たことが、大きな転機になった。
『ソニックマニア』誕生の舞台裏
飯塚氏は、約10年前にインディーズ開発者の小さなグループがオフィスを訪ねてきたエピソードを語った。「新しいソニックのゲームを作りたい」という提案に対し、当初は「あり得ない!!」と感じたという。しかし話し合ううちに彼らの情熱と創造性、そしてファン視点の理解に感銘を受け、断るのではなく新たなコンセプトを提案した。それが『ソニックマニア』だった。
内海氏は当時を振り返り、日本ではソニックが比較的低い位置づけで、主力ポートフォリオの中心から外れていたと指摘。「挑戦のハードルはむしろ低かった」と述べ、飯塚氏がロサンゼルスに移った背景にもその状況があったことを示唆した。
ファンダム活性化とトランスメディア展開
本田氏は「ファンダムを活性化すること」がブランド成長の最善策であり、すでにいるファンの情熱を再び刺激し、オーセンティシティを保つ重要性を強調。内海氏は、ファンとのコラボレーションで生まれた『ソニックマニア』のヒットを受け、映画化へと発展し、トランスメディア展開が始まったと説明した。
セッションでは「ゲームはもはや単なるゲームではない」というメッセージが発信され、ファンダムと共創の力がソニックの世界的な人気を支えてきたことが改めて示された。



