宇宙航空研究開発機構(JAXA)は6月24日、小惑星探査機「はやぶさ2」による小惑星「トリフネ」のフライバイ観測について記者説明会を開催した。はやぶさ2は2020年12月の地球帰還後、拡張ミッションとして二つの小惑星探査を計画しており、トリフネのフライバイ観測はその第一弾となる。最接近は7月5日18時30分頃(日本時間)の予定だ。
フライバイ観測の難しさと超近接手法
フライバイ観測は天体の近くを通過する際に観測を行う手法で、はやぶさ2が小惑星リュウグウで行ったランデブー観測と比べ、一瞬で通り過ぎるため得られるデータ量は少ないが、相対速度をゼロにする必要がないため推進剤の消費が少ないメリットがある。しかし、はやぶさ2はランデブー用に開発されたため、フライバイには適していない。最大の問題は、観測用カメラが探査機本体に固定されており、流し撮りができないこと。本体ごと回転させる必要があるため、回転速度が遅くなる。
そこで考案されたのが「超近接フライバイ」という手法だ。通常の距離でフライバイすると高速回転が必要で追尾が困難だが、ギリギリの距離を通過すれば、探査機の姿勢を大きく変えずに直前まで観測が可能となる。最接近時の撮影は諦め、その直前まで観測を行う。はやぶさ2拡張ミッションチームはこれを「神一重」と呼んでいる。過去のフライバイ探査は数百キロから数千キロが多く、1キロクラスは中国の嫦娥2号の例があるのみだ。
最接近距離800mの決断とリスク
今回の説明会で初めて明らかになったのは、最接近距離が800mに決定したことだ。以前は1kmと説明されており、より挑戦的な目標となった。これは、はやぶさ2が本来のミッションを完遂し、身軽になったことも背景にあるが、数値的な裏付けがある。トリフネの形状は長径約800m、短径約400mと推定されており、中心から800mを通過すると、表面からは400〜600mの距離となる。決して余裕のある距離ではない。
トリフネのサイズは地上からの遠距離観測による推定で誤差が大きい。チームの吉川真准教授は「過去の探査でも1.5倍ほど予想と違ったことがある」と述べる。そのため、最接近距離を決める際には長径を1,400mと仮定し、中心から700m以内を危険領域とした。探査機の制御誤差による通過可能範囲を楕円で表し、その端が衝突しないように目標点を設定。距離800mは実質的に余裕がほぼゼロだ。
三桝裕也チーム長は「誤差楕円をいかに縮めるかが至上命題だった」と語る。フライバイ用に新たなソフトウェアを開発し、探査機やシミュレータで検証を繰り返した結果、800mという距離に到達した。目標点はトリフネの左下方向で、太陽を背負いながら20度傾いた位置から接近することで地表の影が見やすく、地形推定に有利となる。
プラネタリーディフェンスへの貢献
このフライバイはプラネタリーディフェンス(地球防衛)への貢献も期待される。地球衝突天体への対策の一つとして、探査機を衝突させ軌道を変えるインパクト法がある。2022年に米国がDART探査機で実験済みだ。はやぶさ2は衝突しないが、誤差楕円の長さ300〜400mは、トリフネ級の小惑星であれば確実に命中させる精度を実現していることを示す。高い精度で通過できれば、その能力を実証できる。
また、衝突天体発見時には観測探査機を迅速に送る緊急調査(fast reconnaissance concept)が重要だが、新規開発には時間がかかる。そこで、既に飛行中の探査機の進路を変更して向かわせる手法が期待される。吉川准教授(JAXAプラネタリーディフェンスチーム長)によれば、以前、地球衝突可能性のある小惑星に対し、はやぶさ2が到達可能との結論を得たことがあるという。今回のフライバイでは衝突確率は極めて低いが、万一の場合に備え、地上望遠鏡によるトリフネ観測も実施。衝突時のチリ観測が可能なら、プラネタリーディフェンスの観点からも意義深い。
フライバイのスケジュールと観測計画
はやぶさ2は6月20〜21日にトリフネの撮影を実施し、約700万キロ先からファーストライト画像を取得。トリフネは予測位置に確認され、軌道の正しさが裏付けられた。今後は4回の軌道制御(TCM)を実施。TCM-Aが6月25日、TCM-Bが7月1日、TCM-Cが7月4日、TCM-Dが当日3時間前。TCM-Dまでは地上からの誘導だが、その後は探査機の自律制御に切り替わる。フライバイの相対速度は秒速約5.2キロと超高速で、地上からの電波到達に約6分かかるため、接近時は地上制御が間に合わない。探査機がONC-T画像を基に自律的に目標点へ近づく。
ONC-Tでトリフネの形状が見えるのはフライバイ約1分前から。秒速5.2キロで接近するため、1分前でも距離は300キロ以上ある。ONC-Tは連写(最短1秒間隔)で撮影を継続し、最接近後も数分間撮影する。画像はリアルタイムでは確認できず、中利得アンテナ(MGA)を用いてフライバイ後数時間から1日かけて地上に送信される。JAXAはフライバイ当日15時よりライブ配信を実施し、結果は翌日午後の記者説明会で発表予定。探査機の無事通過などはライブ配信でも一部明らかになる見込みだ。



