脳科学・AI研究者の黒川伊保子氏は、AIが人間の仕事を奪うという一般的な懸念に対し、独自の見解を示している。黒川氏によれば、人間にあってAIにない最大の要素は「身体感覚に根差した勘」であり、ブルーカラーのように身体を動かして成果を出す仕事は、AIの登場によってむしろ価値が高まるという。本稿は黒川氏の著書『AIのトリセツ』(扶桑社新書)からの抜粋である。
AIの本質:知識の生成演算のみが可能
黒川氏は、人間の脳には3つの特質すべき機能があると説明する。第一に、この世の事象や概念を記号化する能力。第二に、記号化した知識を演算する能力。第三に、演算結果を味わい、腹に落として意思決定する能力である。AIが代替できるのは、第二の「知識の生成演算」に限られるという。
それにもかかわらず、AIが人間の知能を完全代替しているように見えるのは、人類が長らく知識の生成演算を重要視しすぎてきたからだと黒川氏は指摘する。これまでは、主観を排除した客観性知識だけが学術領域で認められ、プロのアウトプットとして対価を生んできた。
プロの仕事における身体感覚の重要性
実際には、人間のプロは自らの表現生成工程において、身体感覚に根ざした勘を使ってきた。例えば、20世紀のコンピュータプログラマであっても、勘とセンスの良い人とそうでない人では、まったく異なるコードを書いた。センスが悪くてもユーザ要件を満たせばプログラムは完成とみなされるが、その後の予期せぬ状況によるシステムダウンの頻度やメンテナンスのしやすさ、バージョンアップの工数がプログラマのセンスによって異なる。
「たしかにこれで動くけど、なんだかすっきりしないなぁ」「この操作、ユーザのミスを誘うよね」といった発想ができる人とできない人では、圧倒的な差があった。これらの判断は、身体感覚に根ざした勘に基づいている。
ブルーカラーの再評価とゴールデンカラーへの進化
黒川氏は、AI時代においてブルーカラーの仕事が再評価されると主張する。身体を動かす仕事には、AIにはない身体感覚や勘が不可欠であり、それらはAIの登場によってむしろ価値が高まる。ブルーカラーは「ゴールデンカラー」へと進化し、より高い報酬を得られる可能性がある。
一方、ホワイトカラーも決して負けていない。AIを活用することで、より高度な判断や創造性を発揮できる。特に士業(弁護士、会計士など)の仕事は、AI時代だからこそ増えると黒川氏は予測する。AIがルーティン業務を代替することで、人間はより戦略的な業務に集中できるようになる。
AI時代の生存戦略
黒川氏は、AIの波に乗り、AIを手下として使うことが重要だと述べている。人間はAIにはない身体感覚や勘を磨き、AIと協働することで、より豊かな人生を送ることができる。知識の生成演算だけに頼るのではなく、身体感覚を重視した働き方が求められる。
この記事は、AIに仕事を奪われる不安を抱える人々に、新たな視点を提供している。黒川氏の分析は、AI時代における人間の役割を再定義し、ブルーカラーからゴールデンカラーへの進化を促すものだ。



