「AIチャットボットは使えない」と言われる中、システム開発会社のCAC(シーエーシー)は独自のAIサービス「ミライアシスタント」を開発した。同社は自らもAIチャットボット導入で悩んだ経験を持ち、その解決策として「PCが壊れた」といったIT関連の複雑な問い合わせに特化したシステムを構築した。本記事では、CACの深澤拓也氏(エンタープライズサービス本部 本部長)と柏木学氏(プロダクト&サービス本部 サービスプロデューサー)への取材を基に、AIチャットボットが期待通りに機能しない理由と、ミライアシスタントのアプローチを解説する。
AIチャットボットが機能しない背景
多くの企業がヘルプデスク業務の効率化を目指してAIチャットボットを導入するが、実際には期待した効果が得られず、利用を断念するケースが少なくない。CACも同様の壁に直面した。同社はシステム運用支援を手掛けており、社内のヘルプデスク業務にAIチャットボットを導入しようと市販製品を比較検討した。特に「PCが壊れた」といったITツールに関する問い合わせが多いが、これらの問い合わせに正確に対応できるAIチャットボットは見つからなかったという。
データ品質と問い合わせの複雑さが課題
深澤氏は、まず参照データの品質を問題点として挙げる。「問い合わせの履歴を適切に残していない企業が多い。たとえテキストに残していても、内容が曖昧ならデータにならない」。RAG(検索拡張生成)で社内文書から回答を生成する仕組みは広まったが、参照すべきデータが整っていなければAIは的確に回答できない。「データさえ整っていればAIは何だっていい、という話さえ聞く」と深澤氏は話す。AIの性能よりも、それを支えるデータの品質が現場の課題になっている。
IT関連特有の問い合わせの複雑さも問題だ。経費精算の規定や出張旅費の上限額など、マニュアルに答えが書いてある質問にはAIチャットボットは対応できる。しかし「PCが壊れた」など、対応するには原因の切り分けが必要な問い合わせもある。こうした状況は、自分の困り事をうまく言語化できていない場合に生じやすい。「PCが壊れた」と一言で送ってくる従業員から何が起きているのかを引き出すのは、人間のオペレーターでも手間がかかる。
従業員にスキルを求めるのは本末転倒
「AIチャットボットは、この質問に対して可能性のある解決策を複数並べて返す。『それらを一つずつ試してください』と提案するが、ITリテラシーが高くない人にとってはさらなる混乱を招く要因になる」(深澤氏)。AIチャットボットに入力するプロンプトを工夫すれば、回答が変わるかもしれない。これに対して深澤氏は「AIの利点は属人化しないことなのに、ヘルプデスクの利用者にスキルを求めるのは本末転倒だ」と指摘する。
そもそも、ヘルプデスク業務そのものに構造的な課題がある。IT関連の問い合わせに人間が対応する場合、正確に答えるには専門知識が必要だ。しかしそれらを備える人材の確保は容易ではない。深澤氏は「たとえ人材が集まってもスキルにばらつきがあり、教育してもやはり個人差は出る」と話す。ヘルプデスク担当者がいない企業もあり、経理や総務の担当者が本来の業務をこなしながら問い合わせにも対応し、忙殺されている現場は珍しくない。
回答よりも優先するのは「困り事の特定」
こうした課題を踏まえ、CACはミライアシスタントを開発した。従来のAIチャットボットと異なるのは、回答を返すよりも従業員の困り事を特定するプロセスに力を入れている点だ。「一般的なAIチャットボットは『こんな答えも出せます』『社内のことなら何でも知っています』という方向に目が行きがち。しかし本当に使ってもらえるAIチャットボットは、『従業員が何に困っているかをしっかり特定する仕組みを備えたもの』だと考えた」(柏木氏)。
この考え方を形にしたのが「深堀りヒアリング」機能だ。従業員が「PCが動かなくなった」と入力すると、ミライアシスタントはすぐに解決策を示さない。「画面はついていますか」「電源ランプは点灯していますか」「バッテリーを換えたら状況は変わりますか」と段階的に質問する。人間のオペレーターによる状況確認のプロセスをAIで再現した設計だ。
UI/UXの工夫とマルチエージェント構成
UI/UXにも工夫がある。AIからの質問に、従業員はフリーテキストを入力する必要がない。AIが回答の選択肢を自動生成して、該当するものをタップするだけで答えられる。「最初の困り事さえ入力すれば、あとは選択肢を選ぶだけで最後まで進める」(柏木氏)。ミライアシスタントは役割が異なる4つのAIエージェントが質問に回答する。「ヒアリングエージェント」が従業員の問題を特定し、「解決策提案エージェント」がナレッジから適切な解決策を探す。AIが問題を解決できなかった場合は「エスカレーションエージェント」がやり取りを要約し、有償オペレーターに引き継ぐ。これら3つを状況に応じて呼び分ける「オーケストレーションエージェント」が全体を制御する仕組みだ。
データ整備の課題にも手を打っている。ミライアシスタントは既存のFAQやマニュアルを取り込むだけでなく、過去の問い合わせ履歴からヒアリング項目や解決策を自動生成する機能を持つ。ナレッジの整備自体をAIで効率化している。
「導入して終わり」にしないSIerの運用知見
AIチャットボットに対する不満として「導入したが定着しない」という声は多い。ミライアシスタントは無料トライアル期間を設けており、申し込みから約1週間でCACのエンジニアが企業の運用に合わせてAIの振る舞いを調整する。既存のFAQやマニュアルがあれば、それを起点にすぐ試行を始められる。2026年3月のリリース後、すでにミライアシスタントをトライアル導入している企業もある。さまざまな要望があり「深堀り質問は3問に抑えてほしい」という企業もあれば、「曖昧な質問から始めて全項目をきっちりヒアリングしてほしい」という企業もある。「社内手順書のリンクだけ返してくれればいい」という声もあった。
「一般的なチャットボットだとシステムプロンプトの編集で対応することになるが、プロンプトを変えるとAIの動きが大きく変わることもある。ミライアシスタントは私たち自身が開発した製品だからこそ、企業ごとに柔軟にカスタマイズできる」(柏木氏)。既存の業務システムとの接続にも対応する。他のシステムにナレッジが蓄積されている場合、API連携でミライアシスタントに取り込める。連携先を柔軟に追加できる点もこの製品の強みだ。
CACは1966年創業の独立系SIerで、ヘルプデスクの運用業務を長年手掛けてきた。整ったFAQが存在せずメールの履歴しかなくても、情報を整理してミライアシスタントで活用できる形に加工する。「我々は『何かを準備してください』とは言わない。顧客と同じ視点に立って伴走することが得意で、CACが長年やってきた運用業務のノウハウを生かせる」(柏木氏)。
人とAI、仕事の境界線はどこに引くか
ミライアシスタントのAIで対応が難しい問い合わせには、有償オペレーターへの引き継ぎ機能を用意している。では、ヘルプデスク業務において人とAIの仕事はどこに境界線を引いて分けているのか。柏木氏は「正直なところ、正解はない」と前置きしつつ、ミライアシスタントの設計について「最初から有償オペレーターにつながるボタンを目立たせると、みんなそれを押してしまう。それでは人の負荷が減らない。まずAIが解決を試み、従業員が必要と判断した場合に有償接続を選べる設計にしている」と説明する。引き継ぎ時にはAIとの会話履歴を要約してオペレーターに渡すため、同じ説明を繰り返す手間はない。
ミライアシスタントは、完成品を提供して終わるサービスではない。柏木氏は「顧客の現場の問い合わせ状況や運用のやり方に合わせて、ナレッジの調整も含めて一緒に育てるシステムだと思っている。『AIチャットボットを入れてみたが解決しなかった』『結局人で対応している』という不満がある方に届けたい」と話す。「社内の問い合わせ対応から解放された分、社員には付加価値の高い仕事に時間を使ってほしい。それが企業の成長につながるし、個人の仕事もきっと面白くなる」(深澤氏)。



