1993年に創業したエヌビディアは、セガの次世代ゲーム機「ドリームキャスト(ドリキャス)」向けグラフィックスチップ(GPU)の開発を受託していた。しかし、開発は頓挫。エヌビディアは文字通り倒産の瀬戸際に追い込まれた。だが、セガ副社長だった入交昭一郎氏は、エヌビディアの類いまれなる技術力とジェンスン・フアンCEOの才能を高く評価していた。入交氏は当時の中山隼雄社長を説得。エヌビディアへ500万ドルの出資を行うという異例の決断を下した。
再会の舞台:秋葉原GIGOで語られた過去と未来
それから30年後の7月15日夕方、2人は秋葉原の「GIGO秋葉原3号館」にて、2年ぶりとなる再会を果たした。フアン氏は、入交氏や「バーチャファイター」の生みの親であるゲームクリエイター・鈴木裕氏らと共にゲーム大手セガとの共同イベントに参加した。集まった多くのゲームファンやメディアを前に、2人はかつての熱い日々を振り返りながら、フアン氏は入交氏を「マイ・ヒーロー」と紹介。当時のエピソードをまるで昨日のことのように克明に語った。そして、「もしセガと入交さんからの500万ドルの出資がなければ、今日のエヌビディアは存在しなかった」と改めて最大級の感謝の言葉を送った。
ASIMOを助けてくれと頼んだのに…
しかし、この再会で注目されたのは、過去の感謝だけではなかった。フアン氏は入交氏に対し、ホンダの二足歩行ロボット「ASIMO」に関する意外な依頼をしていたことが明らかになった。入交氏はホンダの元副社長でもあり、ASIMOの開発にも関わっていた。フアン氏は「ASIMOを助けてくれ」と入交氏に頼んだという。エヌビディアのGPU技術が、ASIMOの高度な制御やAI処理に活用できる可能性を模索していたのだ。入交氏はこの要請に対し、ホンダのロボット開発部門との橋渡しを約束したとされる。
ドリームキャスト、ASIMOの先にあるものは?
2人の会談は、単なる過去の回想やASIMOの支援にとどまらなかった。フアン氏は、エヌビディアの現在のビジョンについても語った。自動運転車やロボティクス、AI基盤など、エヌビディアが注力する分野は、かつてセガが挑戦したゲーム産業の枠を超えている。入交氏は「ドリームキャストの失敗から学んだことが、今のエヌビディアの成功に生きている」と述べ、両者の歴史的なつながりが、未来の技術革新の基盤となっていることを示唆した。
エヌビディアは現在、自動運転向けプラットフォーム「NVIDIA DRIVE」や、ロボット向けAIコンピューティング「NVIDIA Jetson」などを展開しており、ASIMOのようなロボットへの応用も視野に入れている。今回の再会は、単なる旧交を温める場ではなく、次なる協業の可能性を探る場となった。
入交氏は「エヌビディアの技術は、日本の製造業を変える可能性を秘めている」と評価。フアン氏も「日本はロボティクスとAIで世界をリードできる」と応じ、両者の協力関係が今後も続くことを示唆した。



