アイオーデータ50周年:RAMディスクとグラフィックスボードが変えたPC環境
アイオーデータ50周年:RAMディスクとGA-1024Aの衝撃

今年1月に50周年を迎え、7月1日に社名を変更したアイオーデータ(旧アイ・オー・データ機器)。Windows以前のPC-98時代から様々な周辺機器を世に送り出し、多くのユーザーに愛されてきた。そこで、PC&デジタル業界で長年活躍するライター山田祥平氏に、印象に残るアイオー製品とそのエピソードを語ってもらい、さらに開発者から当時の裏話を聞いた。

RAMディスクを求めて:増設メモリーボードの衝撃

山田氏が最初に手にしたアイオー製品は、IOバンク方式の増設メモリーボードだった。1984年当時、PC-9800シリーズでMS-DOSを利用する場合、管理できるメモリーはわずか640KB。山田氏は「より広いメモリー空間ではなく、RAMディスクが欲しかった」と振り返る。RAMディスクはメモリーをフロッピーディスク代わりに使う贅沢なソリューションで、ハードディスクが高価だった時代に爆速のストレージを実現した。辞書ファイルをRAMディスクに転送して日本語入力を行えば、ストレスなく高速変換が可能になった。当時、変換のたびにジーコジーコと音を立てていた日本語入力システムは効率が悪く、ドライブの負荷も高かった。

山田氏は「1984年に登場したこのボードは、1987年に一太郎Ver.3(ATOK6)を使うようになるまで、自分の環境で最大の武器だった」と語る。製品ラインアップは256KB、512KB、1MB。辞書サイズは500KB弱だったため、無理して1MBボードを購入したという。RAMディスクに辞書を転送することで入力環境は爆速になり、原稿を量産できるようになった。山田氏の「戦うMS-DOS」の日々はこの頃から始まり、毎日のようにconfig.sysを書き換えていた。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

開発者が語るRAMディスクの誕生秘話

当時メモリーのソフトウェア開発を担当していた東崎俊久氏のもとに、細野昭雄社長が「パソコンで画像処理の際、フロッピーディスクへのアクセスが遅くストレスがたまる。データをRAMディスクに移せば高速になるのでは」と提案。東崎氏は「RAMは電源を切ると消えるので、データ媒体として不向き」と否定的だったが、増設メモリーの一部をRAMディスクとして利用できる機能を開発し製品化した。20万円以上する高価な製品だったが、マイコンショーに出展すると「売ってほしい!」と声がかかり驚いたという。その後改良を重ね、フロッピーディスク時代の使い勝手を大きく向上させた。

グラフィックスボードGA-1024Aが変えたPC-98の世界

90年代に入りWindowsが普及する中、PC-9800シリーズはPC-9821に進化したが、640×400ドット16色という貧弱な表示性能が課題だった。PC-9821はVGA(640×480)をサポートしたが、焼け石に水状態。しかし、アイオーのGA-1024Aがあれば、XGA解像度(1024×768)でWindowsが利用できた。高解像度モニターも必要だったが、NEC純正ボードの半額以下、3万円ちょっとの価格設定が背中を押した。山田氏は「昨日までのキューハチ(PC-98)が生まれ変わったように見えた」と当時の感動を語る。

GA-1024AはWindows環境だけでなく、一太郎やロータス1-2-3などのMS-DOSソフトでも高解像度表示を可能にし、多くのユーザーに評価された。山田氏は「ソフトとハードの両輪が環境を駆動し、付加価値を高める。そのきっかけをくれたのはいつもアイオーだった」と述べている。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ

開発者が語るGA-1024A開発の舞台裏

当時、640×400ドットの低解像度しか扱えなかったPC-9800シリーズ。ソフトメーカーから「高解像度で表示できる安価なグラフィックスボードを」と相談を受けた城之前伸一氏は、右も左も分からないまま開発をスタート。PC-9800シリーズはPC/AT互換機とはデータ処理方法が異なるなど壁があったが、第1弾「GA-1024i/GA-1024W」の開発に成功。さらに描画アクセラレータを搭載した第2弾「GA-1024A/GA-1280A」を送り出した。