ヤナセが中国の自動車メーカーであるBYD(比亜迪)の販売に参入した。日本で100年以上の歴史を持つ輸入車販売の老舗が、電気自動車(EV)を中心に急成長する中国メーカーの取り扱いを始めた背景には、互いの強みを吸収し合う戦略がある。
「ヤナセEVスクエア磯子支店」が開店
2024年7月11日、横浜市磯子区に「ヤナセEVスクエア磯子支店」(BYD AUTO 横浜南)がオープンした。敷地面積は518平方メートル、店舗面積は279平方メートルで、急速充電器と普通充電器を各1基備える。開所式にはヤナセの森田隆則社長とBYD Auto Japanの東福寺厚樹社長が出席し、両社のトップが直接協業の意義を語った。
ヤナセがBYDと組む理由:EV市場のサイクル確立へ
森田社長は開所式で「創業111年という節目の年にBYDを取り扱えることに縁を感じている」と述べつつ、話題の中心は日本のEV市場が抱える課題に向かった。同氏は「EVは売って終わりではありません。納得して購入していただき、安心して乗っていただき、さらに次もEVに乗り換えていただく。そのサイクルが回って初めて市場として定着します」と強調した。
日本ではEVの普及率が高くないことに加え、EV購入者が次もEVを選ぶ流れが十分にできていないという課題がある。森田社長はBYDにそのサイクルを実現できる可能性を見いだし、「ここで学んだことをヤナセ流の販売ノウハウと組み合わせ、今取り扱っているブランドにも横展開できれば、お客様にもっと幅広い提案ができるようになる」と語った。
まずは1店舗、成功事例を優先
今後の店舗展開について、森田社長は「まずは1店舗です」と繰り返し、2店舗目以降を急がない姿勢を示した。「ヤナセの強みは、買っていただいたあとにもう一度戻ってきていただけること。そのやり方がBYDでも通用するかを見極めることが先です」と説明。販売台数よりも顧客との関係づくりを重視し、「『BYDを買うならヤナセで買いたい』と言っていただけるようになって初めて、次の店舗を考えます」と述べた。
また、BYDの顧客像について森田社長は「メルセデス・ベンツやBMWのお客様とは違う、新しいセグメントのお客様だと思っています」と指摘。既存の輸入車ユーザーへの乗り換え促進よりも、若い世代やEVに関心を持つ新たな顧客層との接点を期待しているという。
BYD側の狙い:ヤナセブランドの価値と信頼関係
一方、BYD Auto Japanの東福寺社長は「ヤナセさんは、日本の輸入車販売のパイオニアです。『輸入車といえばヤナセ』というブランドを長年築いてこられました。そのネットワークの中でBYDを扱っていただけることは、私たちにとって非常に大きな意味があります」と語った。販売店が1店舗増える以上に、ヤナセの看板の下でBYDが販売されること自体に価値を見いだしている。
東福寺社長は今回の提携で学びたいこととして、販売台数や営業手法ではなく「お客様との信頼関係」を挙げ、「ヤナセさんは長年、販売だけでなく整備やアフターサービスを通じて、お客様との信頼を積み重ねてこられました。そのノウハウは私たちも学びたいと思っています。ここで成果が出れば、全国の販売店にも展開していきたい」と述べた。
3年越しの提携、軽EV「ラッコ」が切り札に
実は両社の接点は今回が初めてではない。東福寺社長によれば、BYDが日本で販売ネットワークづくりを始めた2022年当初にもヤナセに声を掛けていたが、その時は具体的な提携に至らなかった。流れが変わったのは昨年、森田社長から「もう一度話を進めたい」と連絡があり、販売実績や事業性、商品計画などを確認しながら協議を重ね、今回の出店に至ったという。
BYDが今年後半の切り札と位置付けるのが、7月28日に発売開始予定の軽EV「ラッコ」だ。東福寺社長は「軽自動車は日本市場の35~40%を占める最大のカテゴリーです」と指摘し、「これまでガソリン車しか選択肢になかったお客様に、新しい選択肢を提案できる」と期待を寄せた。「帰宅すれば自宅で充電できる。静かで、坂道でも力強く走る。そうしたEVならではの魅力を、まずはラッコで体験していただきたい。そして『BYDはこんなクルマを作っているメーカーなんだ』と知っていただければ、ドルフィンやアット3にも興味を持っていただけると思います」と語った。
互いに補完し合う協業の行方
今回の取材で印象的だったのは、両社とも販売目標や店舗展開の話を前面に出さなかったことだ。森田社長は「まずは1店舗」と繰り返し、東福寺社長は「ここを成功事例にしたい」と話す。ともに視線は目先の販売台数ではなく、その先にある顧客との関係づくりに向いている。
輸入車販売で111年の歴史を持つヤナセと、世界最大級のEVメーカーへと成長したBYD。一見すると異色の組み合わせだが、互いに足りないものを補い合う点で、目指す方向は一致している。「BYDを買うならヤナセで」――森田社長が囲み取材で口にしたこの言葉が現実となるか。今回オープンした「ヤナセEVスクエア磯子支店」は、その可能性を占う最初の一歩となる。



