NECは、AIなどを活用した安全・防災(Public Safety)分野への取り組みを説明した。同社サイバーフィジカルインテリジェンス研究所の宮野博義所長は、「近年の自然災害は、頻発化、同時多発化、複合化が並行して進み、日本でも地震復興中に水災害が発生するといった事態が発生している。さらに、2019年の東日本台風では、142カ所の堤防が決壊し、人が対処できる限界の20倍以上の被害が、短期間に発生している」と指摘。その上で、「ひとつひとつの災害に対応したり、人間が判断したりするだけでは、スピードと網羅性の両立が難しい状況にある」と述べた。
防災の各フェーズを網羅的に支援
NECは、平時予防、おそれ段階対応、発災直後、復旧・復興の各フェーズにおいて、継続的かつ網羅的に支援し、国の防災に貢献しているという。サイバーフィジカルインテリジェンス研究所を通じて、広域センシング技術による効率的な状況把握と、生成AIを組み合わせたAI非専門家でも活用可能なシステムを提供。この2つを防災領域における技術強化方針に位置づけている。
同研究所は、「AIを活用して、実世界を良くしていくことに取り組んでいる研究所」と位置づけ、インフラ保全や災害被害抑制などの「止まらない都市」と、産業領域における生産性向上や安全性向上を実現する「安心安全な現場」という2つの観点から活動している。「カメラなどを通じて実世界を把握し、デジタル空間で再現して分析。最適化した結果を実世界にフィードバックすることでよりよい世界を実現することを目指している」とした。
広域センシングと生成AIで状況を可視化
広域センシング技術による効率的な状況把握では、ASNARO-2による衛星センシングや現場のカメラ映像の解析、既設の通信用光ファイバーを活用したセンシングなど、多様な手段で得られたデータを用いて、広域エリアを対象に定量的な変化を解析。災害発生時の逃げ遅れなどを特定したり、冠水時の変化を捉えたりできる。ASNARO-2による衛星センシングを活用した実証実験は一部でスタートしており、今後、事例を公開できるという。
生成AIを組み合わせたAI非専門家でも活用可能なシステムでは、AIとチャット形式で対話しながら、広域センシングで得られた情報や解析結果を、ユーザーの要望に合わせた形でわかりやすく提供。特定地域の土砂災害のリスクを聞くと回答し、地図情報とともに表示するといった仕組みを構築できるという。
ライブカメラ映像から災害予兆を早期発見
今回の説明に合わせて、同研究所が取り組んでいる2つの技術が発表された。いずれも2027年度の実用化を目指している。
ひとつめは、「VLMでライブカメラ映像から現場状況をスコア化し、災害予兆を早期に発見できる新たなAI技術」である。視覚言語モデル(VLM)を用いて、道路や河川を観測する既設のライブカメラ映像から、現場の状況をスコア化し、河川の氾濫、冠水、積雪などの災害につながる予兆を早期に発見できるAIを新たに開発した。人では監視しきれない大量のライブカメラの映像をAIが常時監視し、現場状況の微細な変化を捉え、災害に発展する前の予兆を早期に把握できるのが特徴だ。河川の水位上昇を早い段階から把握しながら、災害を予兆し、オペレータに通知し、早期対処につなげることができる。
NECの技術では、AI映像が内部状態を解析し、スコア化することで定量的に変化を判断できるほか、場所に応じた具体的な質問を自動生成し、適切な回答を導き出すようにしているという。質問では、「冠水しそうか教えて」ではなく、「周りの白い壁は無視して、冠水しそうか教えて」といったように、場所に最適な質問を生成AIが考え、スコア化に有効なプロンプトを生成。迅速な把握と予兆を導き出すことができるという。自治体などは、これらの分析結果をもとに、災害時における道路封鎖、避難指示、パトロール箇所の特定などが可能になる。
同研究所の主任研究員である井下哲夫氏は、「自然災害の激甚化により、初動対応の迅速化が急務になっている。新たなAI技術を活用することで、全国にある数万台のライブカメラを活用して、現場のいまを把握し、初動対応の迅速化につなげることができる」とし、「現場状況の微細な変化が確認しにくいこと、災害や現場によって見え方が異なるため、最適な学習をするために時間がかかり、映像AIによる災害予兆検知の現場導入が進んでいないという課題がある。たとえば、映像AIは、冠水しているかどうかの判定はできるが、増えた、減ったという定量的な解析が苦手である。NECの技術では、スコア化によって、微細な変化や時系列での推移を連続的な数値として捉えることが可能であり、予兆判断基準の閾値を超えた時点でオペレータに通知することができる」と説明した。
NECでは、2026年9月の名古屋での豪雨被害による道路の冠水、2026年6月の千葉県での豪雨による冠水状況や河川氾濫の状況の映像解析では、スコア化により、微細な変化や時系列での推移を判断できたという。今後は、夜間の映像を解析できる技術の確立が必要だという。「すでに試験運用を開始している事例もある。それにより、昼間は利用できる感触があり、そのレベルでの運用は可能である。そこだけでも、2026年度中に運用を開始したいという話は出ている。だが、夜間を含めた24時間の運用には課題が残る。夜間の映像が判断しにくいため、それを乗り越える技術を開発する必要がある。今後は、一部の自治体などと連携しながら、実績づくりを進めたい」と語った。
被災画像の確認時間を大幅に短縮するVLM技術
もうひとつの技術は、「現場画像に小さく写る被害を高精度に把握し、被災事象にも対応できる新たなVLM技術」の開発である。災害時に自治体などへ集まる現場画像から、画像内に小さく写る被害を高精度に把握する「VLM局所領域理解技術」と、VLMの認識能力を維持したまま、新たな被災事象を追加できる「VLM継続学習技術」を新たに開発した。これらの技術を活用することで、これまでは目視で約7時間かかっていた被災状況の把握を、1時間弱に短縮できるという。
同研究所の主幹研究員である柴田剛志氏は、「被害を最小限におさえるためには、発災直後の迅速な判断が鍵になる。現場画像を見ると、被害の多くは小さく写っており、被災対象の58.5%が、画面面積の10%以下にしか写っていなかった。それが多くの被害を見落とす結果になっていた。また、被害状況は刻々と変化しており、次々と新たな判断が必要になる。しかし、従来のVLMでは、追加学習すると、以前の事象を忘れて、その部分を見落としやすくなるという課題があった。VLM局所領域理解とVLM継続学習の2つの技術によって、これらの課題を解決できる」と述べた。
新たに開発したVLM技術を活用することで、すべての画像を確認することなく、人が確認すべき映像を抽出。東日本大震災の記録映像をもとに実証実験を行ったところ、確認が必要な映像は9分の1で済み、確認にかかる時間は1時間弱になったという。
令和6年能登半島地震では、最大33地区、3345人が孤立したものの、防災専任職員は3~6人であり、それにも関わらず、いち早く把握と判断が求められた。また、9カ月後には豪雨による被害を受け、地震とは異なる被害状況を把握する必要があり、状況に応じた新たな判断と対策が求められた。こうした状況変化にも対応し、判断できる技術と位置づけている。VLM継続学習は、東北大学と共同研究したものだという。「フィールド検証を進め、2027年度の実用化を目指す」としている。
自然災害の激甚化などにより、防災を取り巻く環境が変化するなか、日本では2026年11月1日に「防災庁」が発足。とくに、政府では、災害発生前の「おそれ段階対応」、災害発生後の「発災直後(応急期対応)」の2つのフェーズへの対応を強化する動きがあるという。NECの技術がいち早く実用化され、日本の災害対策に1日でも早く生かされることが期待される。