西和彦氏私財投じビル・ゲイツや孫正義と対立しデジタル敗戦も再起へ技術者育成大学設立 - 神奈川県小田原市
西和彦氏私財投じビル・ゲイツや孫正義と対立しデジタル敗戦も再起へ技術者育成大学設立

パソコン時代の寵児だった西和彦氏(70)が、デジタルや半導体の技術者を育成する「日本先端工科大学(仮称)」の設立に向け、神奈川県小田原市で準備を進めている。半導体やインターネット分野での「デジタル敗戦」からの再起を期す挑戦だ。

ビル・ゲイツとの半導体対立

西氏はかつて、マイクロソフト(MS)のビル・ゲイツ氏と「二卵性双生児」と評されるほど近い関係だったが、半導体を巡る路線対立で決定的に悪化した。西氏はパソコンの基幹部品である半導体がソフト技術者にとって使い勝手が悪いと不満を抱き、MS自らが半導体を開発すべきだと訴えた。一方のゲイツ氏は、当時MSと同盟関係にあった米半導体大手インテルへの配慮から自社開発に否定的で、1986年に西氏はMSを去った。

失意の中、西氏が自ら創業したアスキーで心血を注いだのが半導体開発だった。インテルを超える国産半導体を目指し、アスキーと三井物産で共同出資会社を設立した。しかし、そこで「技術者の質、層の厚さが日本と米国では全く違った」と実感。米国企業では博士号取得者が最先端の半導体を設計していたが、日本では専門知識が軽視されていたという。「これでは日本は米国のまねしかできない。教育から見直さなければ」と痛感したとされる。

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孫正義とのMSX争い

西氏と同じ「新人類」世代の孫正義氏(現ソフトバンクグループ社長)とは、1983年に西氏が打ち出したパソコンの世界共通規格「MSX」で正面からぶつかった。孫氏は「ソフト会社から利用料を取るのはおかしい」とMSX構想に強く反対し、独自の統一規格を策定して対抗。パソコンメーカー幹部が仲介し、ホテルオークラで話し合い、西氏が利用料などで譲歩、孫氏が対抗規格を取り下げて沈静化した。

その後、西氏はアスキーの経営難で半導体開発を断念、インターネット事業も撤退し、デジタル産業の表舞台から遠ざかった。一方、孫氏はヤフー設立でインターネット革命の波に乗り、世界的なビジネスマンとなった。西氏は孫氏について「車を運転していたら後ろからものすごいスピードでスポーツカーが来て、あっという間に追い抜いていったという感じ。事故を起こしたら大変だね、としか思わない」と語る。また、「お金を稼ぐのが好きな彼と、技術者堅気の僕は違う」と述べている。

「もうひと勝負」技術者育成へ

西氏が現在、情熱を燃やすのが技術者の育成だ。私財を投じ、神奈川県小田原市で「日本先端工科大学(仮称)」の設立準備を進める。学校案内には「当時、日本企業の実力は間違いなく世界のトップレベルにありました。グーグルもアマゾンも生まれる前、日本は世界に名だたるIT先進国だったのです」と記し、「その後、日本企業は半導体でもコンピューターでもインターネットの分野でも、ずるずると存在感を失っていきました」と続けている。

西氏は「僕が大学時代から世界初のソフトやハードの開発に情熱を燃やしたように、やる気をうまく育めば、世界で活躍できる人材はたくさんいる」と述べ、デジタル敗戦からの再起を目指している。(敬称略、小林泰明)

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