今年1月に50周年を迎え、7月1日に社名を「アイオーデータ」に変更したアイ・オー・データ機器。Windows登場以前のPC-98時代から数々の周辺機器を送り出し、多くのユーザーに愛用されてきた。今回、PC・デジタル業界で長年活躍するライター山口真弘氏に、特に印象に残る製品として2000年代半ばのメディアプレーヤー「AVeL Link Player」を挙げてもらい、当時のエピソードを振り返る。さらに、開発担当者からは知られざる開発秘話を聞いた。
AVeL Link Player:動画データをテレビで楽しむための先駆け
山口氏は「50周年おめでとうございます。社名が『アイオーデータ』に変わり、中黒の有無に悩まされなくなったのは記事を書く側として喜ばしい」と祝福。その上で、「現在もディスプレイやUSBメモリーを愛用しているが、思い出深い製品として真っ先に浮かぶのがAVeL Link Playerだ」と語る。
AVeL Link Playerは、テレビに接続して動画ファイルを再生するメディアプレーヤー。特に初代モデル「AVLP1/DVD」(2003年発売)はDVDドライブを搭載し、CDやDVD-Rに書き込んだ動画ファイルをテレビで視聴できる点が最大の特徴だった。当時はハードディスクに保存しきれない動画データを光ディスクに焼いて保管するのが一般的で、山口氏も同様の方法でデータを管理していたため、本製品は購入後すぐに大活躍したという。
「コーデックの相性で再生できない動画もありましたが、それを解決する過程で身についた動画に関する基礎知識は、今の仕事にも役立っています」と振り返る。ただし、その後NAS(ネットワーク対応HDD)が普及し、ネットワーク経由での再生が主流になると、本製品の出番は激減。山口氏が所有していた第2世代「AVLP2/DVDG-2」(2004年発売)も、わずか3年で生産終了となった。
時代を映す鏡:光学ドライブからストリーミングへ
現在ではNetflixやプライムビデオなどのストリーミングサービスが普及し、動画をファイルとして手元に残す習慣自体が消えつつある。PCに光学ドライブが搭載されないことも当たり前になり、当時を知らない世代にこの製品を説明するには「DVDドライブとは何か」から始め、「なぜデータを録画して保管していたのか」まで解説する必要があるという。山口氏は「まさに隔世の感がある」と述べる。
競合メーカーが慌てて類似製品を投入したほど、AVeL Link Playerは大きな反響を呼んだ。その後、光学ドライブを省いたWi-Fi搭載モデル「AVLP2/G-2」(2005年)も登場し、「ネットワークメディアプレーヤー シェアNo.1」を謳うなど、同ジャンルの定番製品となった。
開発者が語る:3人の“モノ好き”から始まった挑戦
アイオーデータでAVeL Link Playerの開発に携わった金田誠一氏(ハードウェア担当)、上村淳一氏(ソフトウェア担当)、寺前浩一氏(商品企画担当)が、当時の苦労を明かす。
「当時は、テレビでネットワーク経由のコンテンツを楽しむことは一般的ではなく、パソコンの小さな画面で動画を鑑賞するのが主流でした。そんな中、『パソコンの中のコンテンツを大きなテレビで楽しみたい』という発想から、3人のモノ好きによって商品開発が始まりました」と寺前氏。
開発の最大の課題は、多様なファイル形式やハイビジョンコンテンツへの対応だった。パソコンではCPU性能に頼ってソフトウェアで処理できる部分も、AVeL Link Playerではハードウェア単体で処理する必要があり、細かなチューニングと最適化を繰り返したという。
また、CD/DVDローディング機構の開発も難題だった。アイオーデータとして初めて家庭向けAV機器に挑戦したため、社内にノウハウがなく、スムーズなイジェクト機構の実現には試行錯誤の連続だったと金田氏は振り返る。
さらに、多様なファイル形式に対応するため、多数の第三者特許を採用する必要があり、コンプライアンス準拠の観点から、海外の複数のパテント権利団体と厳しい交渉を行った。上村氏は「アメリカ、中国、マレーシア、日本のパートナー企業と国際的なチームを結成し、日本の開発メンバーも現地に数週間滞在しながら開発を進めました。時差のある複数拠点で同時進行していたため、24時間常にどこかのチームが動いている状況でした」と語る。
現在のSTBビジネスへとつながる礎
こうして生み出されたAVeL Link Playerシリーズは、あらゆるコンテンツを再生するエポックメイキングな商品であり、現在のアイオーデータのSTB(セットトップボックス)ビジネスの礎となった。開発者たちは「苦しさや辛さの連続でしたが、今振り返ればとても面白く、楽しく、やりがいのある充実した時間でした。商品プランナーや開発エンジニアを目指す若い人たちにも、ぜひこのような経験をしてほしい」と語っている。



