日本ヒューレット・パッカード(HPE)の望月弘一社長は、2026年9月に開催された「HPE Discover Las Vegas 2026」を振り返り、次の10年は「As a Serviceの技術をAI領域の業務や用途にいかに最適化していくかがテーマになる」との見方を示した。HPEの分社化から10年を経て、同社が推進するAIファクトリーの差別化ポイントや、既存データセンターの電力・排熱制約への対応、VMware移行の受け皿となる「VM Essentials」の市場動向、GreenLakeを「第三極」と位置付けるプラットフォーム戦略、さらにJuniper Networks買収に伴う対Cisco戦略まで、日本市場における多角的な取り組みについて語った。
AIファクトリー市場でHPEが取るアプローチ、差別化
分社化から10年の節目を迎え、2026年のDiscoverをどのように見ているかとの問いに、望月社長は「分社化した10年前は、サーバやストレージを中心にハードウェアを販売する会社でした。その後、2018年に現CEO、アントニオ・ネリ氏が着任し、アズ・ア・サービス事業に向けた変革を進めました。それを実装するための技術開発と買収を通じて進化を続けた結果、アズ・ア・サービスカンパニーにビジネストランスフォーメーションを築げたと考えています」と振り返った。
次の10年は、急速に拡大するAIテクノロジーを活用しながら、このアズ・ア・サービスの技術をより高度化していくフェーズに入るという。「AIの業務や用途にいかに最適化できるかという段階へ進むでしょう」と述べた。
そのAIに向けて、HPEが提供しているAIファクトリーの他社との差別化、違いについて「AIファクトリーという言葉は、業界の各社が使うバズワードになっています。多くのベンダーがAIファクトリーを『アズ・ア・インフラストラクチャ』つまりITインフラの提供と定義しています。これに対しHPEは、AIのためのITインフラ提供にとどまらず、そのインフラをAI向けに最適化し、運用フェーズも含めて支援できる点が異なります」と説明した。
具体的には、サーバやGPU、ストレージ、ネットワーキング、さらにオーケストレーションやセキュリティなどのソフトウェアを含む要素をAIファクトリーにバンドルして提供することに加え、これを最適化された運用につなげることだと述べた。
ネットワークの領域であれば、Juniperの「Mist」とArubaの「Aruba Central」を融合したものを提供する。ハイブリッドクラウド向けには、オンプレミスとクラウドをまたいでサーバ運用を自動化するソフトウェアとして「HPE GreenLake Intelligence」や「HPE CloudOps Software」を用意している。
このように全方位で支援できるフルポートフォリオであることが、われわれのAIファクトリーの特徴だとし、NVIDIAとの協業もかなり高度化、深化しており、NVIDIAのソリューションもフルスタックで取り入れられることも特徴だと述べた。もちろん、運用フェーズは不要というお客様に対しては、ITインフラだけの提供というケースもあると付け加えた。
既存データセンターの電力・排熱制約への対応は
一方、企業の中には、既存のデータセンターの排熱や耐荷重、電力の制約で、AIサーバを導入したくてもできない企業もある。この問題の解決をHPEはどのように支援するのか。
望月社長は「これはとても重要な指摘です。多くお客様が既にデータセンターを保有しており、そこにAIサーバを入れたくても、電力供給や冷却能力、設置スペースといった制約から、簡単には導入できないという問題を抱えています」と述べた。
HPEとしては、お客様が既存のデータセンターを最大限活用しながらAIを導入できるよう、こうした制約に対応するソリューションを提供しているという。具体的には、空冷と水冷を組み合わせたハイブリッド型の冷却技術、設置スペースの制約に対応する高密度設計、そして電力効率を最適化したアーキテクチャなどだと説明した。
さらに、設置場所をオンプレミスに限定しない選択肢として、GreenLakeを通じて、コロケーションやクラウドを含めた最適な場所でAIリソースを利用できるハイブリッドなモデルも提供している。
Discoverでは、連搬用コンテナ形状のポータブルデータセンターである「HPE Data Center Services AI Mod POD」を展示した。これはまさに、設置環境に制約がある中でもAIインフラを迅速に展開するという新たなアプローチになるとした。
こうした多様な選択肢を通じて、制約を前提にAI活用を前進させる「現実解」を提供していくと述べた。
仮想化市場の構造変化と「VM Essentials」への手応え
Broadcom買収以降、仮想化市場の構造変化が進んでいる。HPEの「VM Essentials」に対する市場の評価や手応えをどう見ているかとの問いに、望月社長は「非常に問い合わせが多く、実績も加速度的に積み上がってきています。当社のVM Essentialsは、ローンチから1年間でグローバルのお客様は2000社を超えました。平均して約90%のコスト削減を実現しています」と述べた。
日本においても、数社単位のお客様がVMwareからVM Essentialsへの移行を進めている状況だという。結果として、IDCのレポート(2026年 国内ITインフラ支出動向調査)でも、Microsoftの「Hyper-V」とRed Hatの「OpenShift」と共に三強入りを果たした。
VM Essentialsは仮想化基盤としての基本的な機能をカバーしており、さらに高度なエンタープライズ機能や高度な運用管理を求めるお客様には「HPE Morpheus Software」を提案している。需要も低くなく、ニーズにきちんと応えていく体制を整えている。
2025年にBroadcomが方針を変更し、サービスプロバイダー(CSP)向けプログラムの大幅縮小を発表した。CSPの先には多数のユーザー企業が存在しており、その影響は広範囲に及ぶ。こうした新たな移行ニーズに対しても、VM Essentialsが受け皿になれると感じている。
Discover 2026では、「HPE Zerto」のライセンス提供プログラムが発表された。詳細は現在調整中だが、移行期間における新規ライセンスコストの二重負担を回避することを目的としている。新規にVM Essentialsを導入される企業は、VM EssentialsおよびZertoのライセンスを最大1年間、実質無償で利用できる。日本市場においても、提供に向けた準備を着実に進めている。
なぜ今オンプレミス回帰なのか?「第三極」戦略の位置付けは
望月社長はGreenLakeを「第三極」のプラットフォームと位置付けて推進している。GreenLakeの役割が広がる中、この戦略に変化はあるのか。
「今回のDiscoverではAIに関する多様な発表をしましたが、全ての根幹をなす基盤として、GreenLakeを『第三極』と位置付ける戦略に変わりはありません。一極目がいわゆる従来のオンプレミス、二極目が通常のパブリッククラウド、そして第三極のプラットフォームとしてGreenLakeを位置付けるという方針です」と述べた。
手軽にクラウドへ移行したい、俊敏性・柔軟性を活用したいというお客様は数多くいる。ただ、クラウドに移行すると、データ主権が維持できない、セキュリティガバナンスへの懸念があるなどの問題がある。特にAI時代は、センシティブなデータを社外に出せないなど、さまざまな理由でオンプレミスに回帰する動きが、日本を含めて世界的に始まっている。
一方で、クラウドを経験された多くのお客様は、その利便性や従量課金、柔軟なスケールイン・スケールアウトといった運用モデルをオンプレミスでも継続したいという要望がある。
HPEはオンプレミスでありながらクラウドと同等の運用体験を提供することで、双方のメリットを凝縮したソリューションを実現する。これをわれわれは「ハイブリッド・バイ・デザイン」と呼んでいる。
GreenLakeという一つの傘の下でオンプレミスとパブリッククラウドを横断し、共通の運用管理ツールでハイブリッド環境全体を最適化していく。今回のDiscoverでは、エージェンティックAIを使ったGreenLake IntelligenceやCloud Opsソフトウェア、ネットワークではMarvis AIエンジンをベースにした機能が加わり、第三極のGreenLakeがエージェンティックAIをフル活用するマルチクラウド管理プラットフォームへとさらに進化した。
欧米と日本の温度差に見る「データ主権」の本質的な問題
データ主権・ソブリンクラウドへの関心が世界的に高まっている。HPEのソリューションとなるPrivate Cloud AIへの日本での需要をどう見ているか。
「Private Cloud AIは必要なテクノロジーがオールインワンで入っており、導入の手軽さやスピード感、それからデータ主権を維持できることから、ニーズが高まっています」と述べた。
特に金融機関のお客様には、AI活用に当たって非常に機密性の高いデータを保持している。規制当局の問題もあり、できればプライベート、ソブリンな環境を維持しながら使いたいというニーズがあり、ここにPrivate Cloud AIはフィットする。
それ以外にも通信などさまざまな業界で広がっていくと見ている。現在お伝えできる事例は先ほどのKDDIさまだけだが、金融や製造業、官公庁などでも検討や実際の導入が進んでいる。
データ主権への取り組みは欧米が先行しており、Private Cloud AIの導入実績も豊富だ。一方、日本市場においては概念や言葉が一人歩きするのではなく、お客様がより実効的かつ着実に検討を進めている印象を受けている。機密性の高いデータをどうやって安全に管理・運用できるのかという視点から相談を受けることが多く、対話を重ねる中で「問題の本質はソブリンの確保にあった」と行き着くケースが多々ある。
企業が機密性の高いデータをいかに安全に管理・運用していくか――これは企業経営における根幹的な問題だ。データ主権への取り組みは一過性のトレンドではなく、時代が変化しても企業が競争優位性を確立するための重要な基盤であり続けるだろう。パブリッククラウド事業者もソブリンを謳っているが、オープンな環境下でそれを確保し切れるのかという疑問は残る。
Juniper買収による製品統合とネットワーク市場における対Cisco戦略
2025年末にJuniperの買収が完了し、2026年のDiscoverではネットワークにも大きなスポットが当たった。既存のAruba事業との統合が急ピッチで進んでいる。日本市場の戦略について尋ねた。
「基本的にはグローバルの方針と足並みをそろえて進めます。Marvis AIエンジンをベースにした基盤を使いながら、MistとAruba Centralの融合も進んでいます。また、ソフトウェアだけでなく、ルーターやスイッチを含むハードウェアも統合の方向です」と述べた。
重要なことは「どのお客様であっても取り残さない」ということだ。これは日本を含めて共通した考え方だ。既存のJuniperのお客様に対しては、購入いただいた資産を保護した上で、Aruba Centralの機能をポーティング可能なものから順次提供する。Arubaのお客様に対しても、Juniperが持つ機能をマイクロサービスとして提供していく。
営業のチームは既に一体化しており、日本も同様だ。ネットワーク営業チームは現在、旧Arubaと旧Juniperのメンバーが共に業種ごとのハイタッチ営業チームに所属し、Arubaのお客様にはJuniperの製品をクロスセル・アップセルするなど、より広いポートフォリオを提案できる体制にしている。
パートナーも同じだ。一部重複はありますが、JuniperとArubaでそれぞれ違ったパートナーエコシステムがあります。これまでJuniperを中心に扱ってきたパートナー様にはArubaの製品を、Arubaのパートナー様にはJuniperの製品やHPEのサーバ、ストレージを扱ってもらえるよう、マルチポートフォリオで展開を進めていただく。そうしたパートナー制度の準備を進めており、日本でも同じように展開します。
ネットワーク分野では世界でも日本でもCiscoが地盤を確立している。競合をどう見ているかとの問いに、望月社長は「われわれはJuniperを買収後、自律的なネットワークの運用管理を目指す『セルフドライビングネットワーク』を掲げています。ここでCiscoより先行していると自負しており、ここに勝機があると見ています」と述べた。
実際、ネットワークのお客様にこの話をすると、セルフドライビングネットワークへの関心は非常に高く、6〜7割のお客様が「試してみたい」と前向きだ。JuniperとAruba統合による最先端の提案力を武器に、この分野でCiscoのブランドを追い越すことを目標に掲げている。
今後AIが普及し、ワークロードとデータが複数のロケーションにまたがって配置されるようになると、それらをつなぐネットワークの運用はもはや人手では管理しきれない規模になる。セキュリティやガバナンスの重要性も増す中、AIの力で自律的な運用を実現できることへの関心はさらに高まるだろう。
「セルフドライビング」は、ネットワークだけの話にとどまらない。GreenLake全体としても、この自律運用という方向を今後さらに推進していく考えだ。
最後に、日本での取り組みや目標があればお聞かせください
Discoverでのさまざまな発表を受けて、11月から始まる新しい会計年度の戦略を作成中だ。
キーワードは、AI時代が次のステージに進化しているということだ。生成AIを使って個人が補助し、生産性を高めるツールという段階から、次に進むことになる。次のステージは、まさにエージェンティックAIを企業全体でどう活用するか。われわれのCEOの言葉を借りれば、「エージェンティック・エンタープライズへの変革をお客様と共に進めていく」ということになる。
GreenLakeやネットワーク運用がエージェンティックAIによって自律的に運用できるのは、もはや当たり前だ。その上で、企業自身がエージェンティックAIを使って業務の効率化・自動化を進められるよう支援するプラットフォームを提供していきたいと考えている。
これまでAIというと、必ず「ROIはどうなのか」という問いが付きまとって、明確な答えを示せずにいたと思う。エージェンティックAIの時代には、業務に組み込まれた形で効率化・自動化が進んでいきますから、投資に対してどういったリターンがあったのか、ビジネス価値はどうだったのかという議論が本格的に始まるはずだ。お客様からのそうした問いに対し、真摯かつ明確な解を示せる企業であり続けたいと考えている。



