AironWorksは2026年8月31日、AIセキュリティカンファレンス「AironWorks Frontliners 2026」を東京都内で開催した。同社の鹿島雄一氏(CEO)は開会にあたり、「攻撃者はダークウェブ上でツールや知識を共有し、AIも使いこなして攻撃してくる。一方、守る側は社内で孤立しがちだ」と開会の辞を述べた。
元イスラエル国防軍CISOが提言する「3つのステップ」
基調講演に登壇したのは、イスラエル国防軍(IDF)で25年間勤務し、精鋭部隊「Unit 8200」で20年にわたりサイバーオペレーションを率いたノアム・シャール氏(AironWorks社外取締役)だ。シャール氏は、攻撃者がAIで攻撃プロセスを自動化し、標的を絞った高度な攻撃を大規模かつ同時に展開できるようになったと指摘する。「以前、私の部隊では高度なサイバーオペレーションを1回実施するのに約50人の専門家が必要だった。今やAIツールを使えば、少数で同等以上のオペレーションを実行できる」(シャール氏)
一方の防御側は、稼働中の業務システムを止める責任があるため、製品の検証や導入に時間がかかり、攻撃側との差は日々広がっているという。次の危機を正確に予期できない状況で、企業はどこから手を付ければいいのか。シャール氏が防衛戦略として示したのは3つのステップだ。
「人」を中心とした防衛体制の構築
シャール氏がステップの最初に挙げたのは、技術への投資ではなく「People First」、すなわち人の意識向上と教育だ。同氏が提案した3つのステップは次の通り。
- People Firstによる意識向上と教育:単にルールを説明するのではなく、実際に何が起こり得るかをリアルなストーリーとして組織全体に伝える。シャール氏は攻撃のシステムを網羅的に乗っ取る訓練を実施し、指揮官たちに恐怖を実感させた経験を紹介した。当初は反発を受けたが、後に「サイバー恐怖に対する見方が変わった」と感謝されたという。
- プロセスの簡素化:新しいセキュリティ製品の導入時は「いかにシンプルに使えるか」「導入に何人必要で、維持にどれだけ時間を要するか」を重視する。複雑すぎるプロセスは機能しない。全従業員が自信を持って安全に行動を起こせるシンプルなツールを配備する。
- 人間をセキュリティチームの一員にする:ソーシャルエンジニアリングは人間の弱みや癖を突く。教育とシンプルなツールの両方をそろえることで、従業員を防衛の担い手に変える。
「教育し、シンプルなツールを与えることで、従業員は『セキュリティチームの強力なセンサー』へと変わる。危機が発生した瞬間に、最前線にいる人間がどう立ち止まり、行動できるかが、組織全体の生死を分ける」(シャール氏)
国内セッションの論点は「人」とAI統制
国内の実務家によるセッションでも、論点は「人」と「AIの統制」に集まった。ソフトバンクグループでIT商材の流通を手掛けるSB C&Sの山名広志氏(ICT事業本部 ネットワーク&セキュリティ推進本部 本部長)は、AIセキュリティの議論の中心が「チャットツールの安全な利用」から「自律的に動くAIエージェントをどう守るか」へ移ったと解説した。対策として、どこでどのようなAIエージェントが使われているかの可視化、何をしようとしているかという意図レベルの制御、実行されたアクションを検証可能にする観測と評価という3つのアプローチを挙げた。その上で「防衛側に残された猶予期間はあと3カ月から半年しかない。この期間内に守る側もAIを積極活用したマシンスピードの防衛体制を構築しなければ、人手による防衛では立ち行かなくなる」と警告を明らかにした。
グローバル飲料大手のサイバーセキュリティ部で部長を務める重藤晋子氏は、AIが攻撃にもたらした本質的な変化を「人間が立ち止まって考えるための『間』を奪う能力」と分析した。攻撃者は「10分以内」といった時間制限で迫らせ、確認しない理由をあらかじめ用意して仕掛けてくる。「人は弱いから外されるのではない。多忙や疲労、プレッシャーなど、置かれた状況によって同じ人でも異なる判断をしてしまう」と述べ、近迫した瞬間に一旦立ち止まる力を養う訓練と、失敗を安心して報告できる心理的安全性の確保を提唱した。
メルカリのジェイソン・フェルナンデス氏(執行役員 VP of Security, Privacy & AI Governance)は、開発プロセスで生成されるコードの約7割をAIが占めるという同社の現状を紹介した。セキュリティ部門を「ビジネスを止めるブレーキ」ではなく「F1マシンを安全に極限のスピードで走らせる開発パートナー」と定義し、ガイドライン整備から技術的統制、深刻なインシデント発生時にAIエージェントの処理を速やかに全面停止する「キルスイッチ」の整備までを体系化した「F1モデル」を解説した。
ITデバイスとSaaSの統合管理サービスを手掛けるジョーシスの西尾裕会氏(執行役員 Head of Japan)は、APIトークンやAIエージェントなど人にひも付かない「非人間ID(ノンヒューマン・アイデンティティ)」が急増し、退職後も残り続けたトークンが攻撃の侵入口になっていると指摘した。AironWorksの今村氏は、廃棄者向けサービスから流出した社用メールアドレスが自社への標的型攻撃の起点になるとし、大規模流出が報告された際の社内周知、ミスを責めない文化、流出を前提としたID監視と訓練の3つを挙げた。
日本シーサート協議会(NCA)でメール訓練サブワーキンググループの主査を務める加藤拓也氏(TOPPAN)は、メール訓練で「開封率0%」を目標に置く運用を「重大な間違いだ」と批判した。高度なソーシャルエンジニアリングを100%見破ることはプロでも不可能であり、評価すべきは怪しいと気付いた従業員がどれだけ早く声を上げたかを示す「通報率」だという。「クリックした人を責める運用をしていると、従業員は本物のフィッシングを踏んだ際に隠蔽し、報告が大幅に遅れる。これこそが最悪の侵出事態を引き起こす本当の理由だ」(加藤氏)
鹿島氏は開催時、「この第1回の開催を契機に、日本のセキュリティコミュニティが一段も二段もレベルアップする機会にしたい」と参加者に呼び掛けた。



