サイボウズは5月19日、業務アプリ構築プラットフォーム「kintone」の活用アイデアを共有するイベント「kintone hive 2026」を札幌で開催した。イベントでは、訪問看護ステーションを運営するAKASIの代表取締役である菅原晃弘氏が登壇し、「被災地の訪問看護ステーションがkintoneで実現した『幸せの仕組みづくり』」と題して講演した。
AKASIは岩手県陸前高田市を拠点に、訪問看護やリハビリテーション、ケアマネジメント、福祉用具提供など複数の事業を展開している。
患者の願いをかなえられなかった経験が改革の原点に
医療・介護サービスの現場では、命を守るために厳格なルールが定められている。契約書類や医師の指示書、その保存方法に至るまで細かな運用が求められる。菅原氏も以前は、「決められたことだから仕方がない」「必ず守るべきだ」「書類作成に時間がかかるのも当然だ」と考えていたという。
しかし、その考えを大きく変える出来事があった。紙の契約書作成やスケジュール調整などの事務作業がわずか1日遅れたことで、「最期は自宅に帰りたい」という患者の願いをかなえられなかったのだ。菅原氏は当時を振り返り、「デジタル化の遅れは単なる非効率ではなく、命の時間に関わる問題だった」と語った。
この経験をきっかけに、AKASIでは行政とも相談しながら、「紙を介さずに契約できないか」「別の保存方法は認められないか」といった検討を重ね、業務フローの見直しを進めていった。
複雑な訪問看護業務をkintoneで一元化
訪問看護の利用開始までには、利用者情報の管理、契約、スケジュール調整、請求業務など多くの工程が存在する。「請求関連は専門ソフトが必要になりますが、その周辺管理はExcelや紙、ホワイトボード、別のデータベースなど複数のツールを使う必要がありました」と菅原氏は説明する。
こうした状況を改善するため、同社は業務フロー全体をkintone上で構築した。採用理由として挙げたのは、「社外でも利用できること」「低コストであること」「自分たちで作れること」「拡張性が高いこと」の4つだ。
kintoneアプリの開発にあたり、菅原氏は2つのルールを設けた。1つ目は、全体フローを崩さないことだ。「ある部署だけ便利になっても、別の部署が困るようでは意味がありません。全体最適になることを常に意識しました」(菅原氏)
2つ目は、制度変更への対応力を確保することだ。介護・医療業界では3年ごとに制度改定が行われるため、アプリ単体で運用できる設計とし、過度なリレーション構築を避ける方針を採用。また、利用するプラグインも必要最小限に抑えたという。
訪問看護の利用開始「3~7日→最短0日」を実現
kintoneを導入する前、利用開始までの流れは、紙が中心だった。ケアマネジャーやソーシャルワーカーからの依頼は紙で受け取り、Excelでスケジュール確認を行い、契約書を作成して利用者宅へ持参。その後、事業所へ持ち帰って処理を行い、再び利用者宅へ持参する必要があった。結果として、サービス開始まで3~7日を要していた。
現在は、FormBridgeで利用者情報を直接入力してもらい、KOYOMIでスケジュール管理を実施。さらに、TISの手書き・編集プラグインで署名を取得し、PrintCreatorで契約書を作成する流れを構築した。その結果、契約から利用開始までのリードタイムは大幅に短縮された。「このフローになったおかげで、最短0日で利用開始できるようになりました」と菅原氏は語る。
バックオフィスゼロ運営を支える業務基盤
また、KOYOMIによるスケジュール管理の導入によって、担当者の空き時間が可視化された。その結果、職員自身が「この時間なら対応できます」と主体的に調整する文化が生まれたという。
さらに、バックオフィスを担当する職員が家庭の事情で退職した後も、業務改革によって専属担当を設けることなく、運営体制を維持できた。「バックオフィスゼロで訪問看護を運営している事業所は、それほど多くないと思います」と菅原氏は話す。
データ活用にもkintoneを活用している。菅原氏は、「私たちは訪問件数ではなく、利用者の困りごとを解決したミッション数を成果として捉えています」と説明する。積み上げグラフは、利用者に貢献した実績そのものを表す指標として活用されている。
実績データは職員がスマートフォンから入力し、DataCollectによって集計する仕組みだ。「空想のデータでは意味がありません。誰が、いつ、どれだけの時間を使って何をしたのか。その実データを集めたかったのです」と菅原氏は強調した。
集計作業は夕礼時に行われており、「DataCollectするよ」が職場の合言葉になっているという。集計結果はポータル上でグラフ化され、組織全体の状況を共有できるようになった。
“幸せの仕組み”で職員同士のつながりも強化
一方で、数字だけを追い求めると、本来の目的を見失う可能性もある。そこで同社では数年前から、職員が患者や家族、同僚から言われてうれしかった言葉を書き込む「桜の付箋」の取り組みを実施している。これらの内容はkintone上でも共有されている。
その結果、「あの人こんなことが刺さるんだ」「あの人はこういうことを大切にしているんだ」とお互いの価値観が見えるようになり、職員同士の交流が活発化したという。さらに、サンキューカード文化により職員間の感謝や素直な気持ちが述べられるようになり、感謝を伝え合う風土づくりにつながった。
講演の最後に菅原氏は、kintone導入によって得られた成果について次のように語った。「患者さんの幸せ、利用者さんの幸せ、会社の幸せ、そして職員一人ひとりの幸せを生み出す『幸せの仕組み』をつくることができました」
さらに、「今後はこの仕組みを地域ネットワークにも広げていきたい。AKASIのkintoneは未完です。制度改定がある限り完成することはありません。これからも業務改革を続けながら、kintoneとともに歩んでいきたい」と展望を語った。



