米国企業、AIによる人員削減から人材活用へ転換、CEOの8割が方針変更
米CEOの8割「AIで人員削減しない」と転換

米国企業の間で、AIを理由にした人員削減を評価する風潮が変わりつつある。2026年5月時点で、CEOの約8割が「AIによる大規模な人員削減はない」と回答した。人材を活かすことがAI投資の回収につながるという認識が、この1~2カ月で急速に広がっている。

AI業界トップの発言が転換

約1年前まで、AI業界のトップたちは脅すように雇用喪失を語っていた。米Anthropicのダリオ・アモデイCEOは2025年5月、AIが1~5年のうちにホワイトカラーの新卒級の仕事の半分を消し、失業率を10~20%に押し上げかねないと警告した。

その論調は、この数カ月で反転した。米Wall Street Journal(WSJ)は7月上旬、テック企業のCEOたちが雇用喪失の物語を捨て始めたと報じている。この傾向は数字にも表れている。コンサル大手EY系の米EY-Parthenonの調査では、AI投資が大きな人員削減につながると見るCEOの割合は、2025年1月の約46%から2026年5月には20%へと半分以下に減った。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

当人たちの発言も変わった。米OpenAIのサム・アルトマンCEOは「AIの時代にも人間が全ての中心であり続ける、その度合いを業界は見くびっていた」と軌道修正した。1年ほど前に仕事の半分がなくなると警告したアモデイCEOは「自分は破滅の予言者になろうとしていたわけではない」と釈明する。

投資家や規制当局へのアピール

米Amazon創業者のジェフ・ベゾスCEOに沿っては「AIはむしろ労働力不足を補い合う」と述べ、一部の専門家やメディアの発言はAI恐怖論に偏りすぎているのではないか、と語った。米Metaのマーク・ザッカーバーグCEOも、雇用はむしろ増えると言っている。とはいうものの、AmazonもMetaも人員削減自体は継続しているのだ。

これらの経営者の言動に関し、専門家は冷めた目で見ている。米マサチューセッツ工科大学(MIT)の経済学者デビッド・オーター氏は2つの可能性を挙げる。労働市場が言われたほど急には崩れていないと気付いたか、あるいは、自社の目玉商品が経済を回すと牽引するのは商売として下手だ、と悟ったか、のどちらかだ、と。

背景には、OpenAI(評価額約1兆ドル)やAnthropic(評価額約3800億ドル)が新規株式公開(IPO)を構える事情もある。雇用を煽発させる機関より、人間を助ける道具のほうが、投資家にも規制当局にも売り込みやすいかもしれない。

「AIチャンピオン」の進化

失業論が去ったあと、米企業が力を注いでいるのは社内の推進体制づくりだ。WSJの7月8日の報道によれば、「AIチャンピオン」と呼ばれるAIに前向きな推進役の社員が、消極的な同僚を巻き込む取り組みが広がっている。

米銀行大手のCitiは4000人を超える推進役を組織し、18万2000人の従業員のうち、社内公開AIツールの利用率を70%超まで引き上げた。

この種の推進役制度そのものは、日本企業でもすでに珍しくない。その点で日米の差は大きくない。だが米国では今、この制度の意味が変わり始めている。

チャンピオンの役割が、AIを使わせることから、人間の判断をAIに教え込むことへと移りつつあるのだ。なぜそうなるのかは、AIが悪くなる仕組みそのものに立ち入らなければ見えてこない。

ベテランの「手直し」が究極のデータに

米Microsoftのサティア・ナデラCEOが6月に公表したエッセイは、企業が蓄えるべき資本を2つに分けた。社員の知識や判断力である「人間資本」と、自社で構築し所有するAI能力である「トークン資本」。そして本当の勝負は、この2つが複利で増幅し合う「学習ループ」を回せるかどうかにあると説いた。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ

この抽象的な構想を具体的な仕組みに落とし込んだのが、英Google DeepMind出身の研究者が創業したAI新興、米Trajectory社である。同社は、専門家がAIの成果物に加えた修正を教師データに変え、モデルそのものに織り込む仕組みを構築した。同社のクライアント企業の1社であるリーガルAIの米Harvey社では、弁護士の実務から作った基盤で鍛えた小型モデルが、わずか24時間の追加訓練で最上位級の性能に達したという。

Trajectoryのロナック・マルデCEOは、チャット画面の「いいね」ボタンは教師データとしては十分ではないと言う。専門家がAIの出力に手を入れた修正そのものが、AIを訓練する上での究極のデータだ、と言っている。AIが仕事の8割をこなせても、その修正など残り2割の仕事は人間に残る。そこには、どの論点を見落としてはならないか、どの表現が誤解を招くかといった、長年の実務で培われた判断が凝縮されているというわけだ。

AIが悪くなる速度は、質の高い判断を注げる人間をどれだけ抱えているかで決まる。人員を削れば短期的なコストは下がるが、同時に学習ループに供給する学習データも失うことになる。人を活かす方への転換は、理念の問題である以上に、AIの性能を左右する算段の問題なのである。

そう捉え直すと、前述のAIチャンピオンの姿も変わって見える。使わせる役としてのチャンピオンの価値は、利用率が上限に近づけば頭打ちになる。だが学習ループの時代のチャンピオンは、現場で誰がAIの出力をどう直しているかを最もよく知る立場にいる。散らばった修正データの在りかを探し当てる、いわば判断の目利きとなる。制度の形は同じでも、担う役割が完全に入れ替わるわけだ。

これを裏付けるような動きもある。4000人の推進役を擁するCitiは2026年2月、日本のSakana AIに戦略的投資を行った。Citiにとって日本企業への初めての出資であり、金融分野に特化したAIモデルを作ってきた実績と技術力を評価したものだという。

Sakana AIが得意とするのは、既存のモデルを特定領域向けに鍛え直すポストトレーニングの技術である。現場の判断を担う人のネットワークと、その判断をモデルに織り込む技術。人間資本とトークン資本を複利で増幅し合う学習ループを構築しようとしているのではなかろうか。

この構図は、雇用をめぐる議論の前提を書き換える。大量失業論は、AIが人の仕事を奪うという一方向の関係を思い描いていた。だが学習ループの中では、関係は逆方向だ。人間の判断がAIを育み、育ったAIが人間をより高次な判断へ解放し、その判断がまた次の教師データになる。専門人材は、削るべきコストから、複利を生む資本へと位置付けが変わる。米国の論調が反転した底流には、この計算のやり直しがあるのだ。

クビを恐れてAIを妨害する米国、日本型雇用の勝機

日本にも、ベテランの判断をAIに取り込む試みは実施されている。しかしそのほとんどが、ベテランへのインタビューで暗黙知を聞き出し、それを形式知に変換するというものだ。ベテラン社員の退職前に1回だけインタビューするものもある。複数回インタビューする場合でも暗黙知の形式知への変換には、半年以上かかるものが多い。日々の業務中の修正が、そのまま自動でAIに学習され続けるTrajectoryの手法とは、スピードも仕組みも大きく異なる。

日本の雇用慣行は、この学習ループと相性がよい可能性がある。米国では、AIに判断を教え込むことに従業員が身構える。自分を置き換えるかもしれない道具を、自らの手で悪くすることになりかねないからだ。

米AIライティング企業Writerの2026年の調査では、従業員の29%、Z世代では44%が、自社のAI戦略をひそかに妨げたと認めている。レイオフが日常の国では、AIに修正を教えることが、自分の立場を脅かすことにつながりかねないのだ。

日本の終身雇用的な雇用慣行は、この懸念を和らげる。導入競争で日本を遅らせてきた雇用の固定性が、ループ競争では、社員が安心して判断を注げるという利点に変わりうる。

ただし、人間資本を抱えているだけでは資産は生まれない。ベテランの修正が日々捨てられている現状を変え、それを集めて学習に回す仕組みがなければ、優位は宝の持ち腐れに終わる。人事評価に「AIへの教師データ提供」という項目を持つ日本企業は、まだ多くない。人を削らずにきた日本こそ、人を活かすAIの最大の受け手になりうるのかもしれない。