食品メーカーのUmios(キユーピーグループ)は、販売予測の自動化プロジェクトで、AWSの時系列基盤モデル「Chronos-2」を採用。これにより、年間約4200時間の工数削減と、需要予測の精度95%を達成した。
同社の販売予測業務は、これまで担当者の勘や経験に依存しており、精度に限界があった。また、全国の支社ごとに入力ルールが統一されておらず、データ品質にも問題が生じていた。これらの課題を解決するため、2025年12月にChronos-2の提供を受け、2026年2月に予測検証を本格化。同年6月には自動予測システムの本稼働を開始した。
3つの課題と現場主義のアプローチ
UmiosのDX推進部 大谷優子氏(事業デジタルマーケティング推進課)によると、販売予測の業務フローを分析した結果、以下の3ステップで実施されていたことが判明した。
- 営業担当者が自らの得意先の販売増減情報をキャッチし、Excelに反映
- 計画策定担当者が販売増減情報などを踏まえ、商品・拠点別に月の販売予測を策定
- 事業部が販売予測を基に生産予測を策定
このプロセスでは、「販売増減情報の入力が徹底されていない」「入力の精度が担当者の経験や勘に依存」「3カ月先を予測しなければならない」という3つの課題があったと大谷氏は明かす。具体的には、全国の支社や拠点で入力の運用ルールが統一されておらず、入力漏れが頻発し、自動予測の前提となるデータ品質が確保されていなかった。また、欠品を恐れる心理から、営業担当者は過剰に予測を立てがちで、過剰在庫を引き起こす要因となっていた。
プロジェクトチームは課題ごとに解決策を講じた。入力不徹底に対しては、従来のExcel管理を廃止し、新たに「簡易入力アプリ」を作成して運用の徹底を図った。残る2つの課題に対しては、Chronos-2の導入が突破口となった。
「Chronos-2の導入によって、現行運用を変えないまま経験依存から脱却し、ローカルに予測値を算出できるようになりました。最新の予測値を日次で更新することで、計画との乖離をスピーディーにキャッチし、BIツールで可視化できるようになりました」(大谷氏)
同社は業務フローを、自動算出した予測値を毎月20日に計画システムに反映し、支社担当者が確認・確定する流れに変更。また、予測や計画、実績を並べて可視化し、乖離発生時にはアラートでリアルタイムに状況を把握できる環境も整えた。
Chronos-2採用の理由と技術面の工夫
続いて、DX推進部の榎本和哉氏(DX推進課)が、Chronos-2の採用理由やアーキテクチャ、精度検証について説明した。
Chronos-2は、Amazon Scienceが開発した、学習不要で時系列予測を実行できる基盤モデルである。時系列基盤モデルは大量かつ多様な時系列データであらかじめ学習しているため、統計的手法や個別の深層学習モデルのようにデータごとにモデルを構築する必要がない。同社が複数の選択肢の中からChronos-2を選定した理由は、次の3点だ。
- あらかじめ学習済み:自社でゼロからモデルを構築・訓練する必要がない。導入初日から戦力として予測業務を開始できる
- APIで呼び出せる:複雑なモデルのチューニングに時間を取られず、社内エンジニアがビジネスロジック本体の実装に集中できる
- デプロイが容易:機械学習ハブの「Amazon SageMaker JumpStart」を利用することで、数クリックで実行環境を起動できる。インフラを一から準備する手間を省ける
一方で、あえて見送った選択肢もある。最初に検証した「社内生成AIモデルによる直接予測」は、アウトプットの再現性が低く、時系列予測にも対応していないため見送った。また、「独自の学習モデルを一から構築する」案も、膨大な学習コストがかかる点や将来的な保守・継続性の面から現実的ではないと判断した。
販売予測の自動化におけるAWS構成は、既存資産を生かしたシンプルな「日次バッチ構成」を採用。既存のデータベースやBIツールには手を加えず、外部にAI予測エンジンをアドオンする形を取った。
具体的には、ワークフロー管理サービスの「AWS Step Functions」が全体の処理フローを起動し、サーバーレスの実行環境「AWS Lambda」が過去の出荷実績や見込みデータをデータベースから取得。その後、データをChronos-2に渡し、予測結果をBIツールに流し込む仕組みだ。最終的に担当者が結果を確認し、データを販売予測システムに連携する。
事業部と事前に合意した「合格ライン」
精度検証を進めるにあたり、プロジェクトチームは直近2年の業務用カテゴリーの代表品目を対象に、実績値を正解として、Chronos-2の予測結果と人手の計画結果の一致率を比較した。事前に事業部と合格ラインを確認し、許容ラインを「一致率6~7割」、自動化システムとして本格採用する基準値を「一致率80%」と定めた。
検証の結果、AIの予測一致率は95%に達し、許容ラインを大幅にクリアした。ただし、この数値は定番品の年累積ベースであり、季節品は誤差が大きくなる傾向があった。そこで、確率的な予測の幅を出せるChronos-2の特長を生かし、商品の性質に応じて次のように運用を使い分けた。
- 定番品(通年で安定):予測の中央値を採用し、過剰予測を適正化して無駄な在庫を抑え込む
- 季節品(変動が激しい):欠品を防ぐため安全側(高めの数値)を採用し、ピーク時の需要に配慮する
直面した「3つの壁」と対策
次に榎本氏は、プロジェクトチームが直面した3つの壁と対策を次のように整理した。
- 需要の定義(実績データは「本当の需要」ではない):過去の出荷実績には、拠点の在庫引き当てによる「安値での処分販売」が含まれていた。これをそのままAIに学習させると過剰予測の原因となるためデータから除外し、さらに過去データを2年分に拡張して「月」を明示的にパラメータに追加して誤差を小さく抑えた。この経験を通じてプロジェクトチームは、どのデータをAIに渡すか以上に、「どのデータを渡さないか」の設計が精度を大きく左右するという学びを得た。
- 商品コード変更(JANコードの世代交代)の壁:食品業界では、パッケージ変更などで商品コードが頻繁に変わる。新コードが別商品として扱われるため販売履歴が分断され、Chronos-2が周期性を捉えられなくなる。業務用カテゴリーには該当品がなく現状化していないが、他カテゴリーへの横展開では必須となるため、先回りで準備を急いでいる。
- 全国の拠点で発生していた「入力バラバラ問題」:全社共通の販売予測システムは存在するが、実際はExcelでの管理や未入力など、拠点ごとに運用がバラバラでデータに汚染が多発した。原因は既存システムの利便性の低さにあると見たプロジェクトチームは、現場が入力しやすい「簡易入力アプリ」を生成AIで内製開発。データの自動連携の仕組みを整え、AIが使えるデータをスピード重視で確保した。
成功の背景にある「AIと人間の明確な役割分担」
数々の試行錯誤を経て本番稼働を迎えた同プロジェクトは、業務用カテゴリーにおいて年間約4200時間の削減効果をもたらそうとしている。榎本氏は、成功の背景には「AIと人間の明確な役割分担」があると強調する。
「AIはローカルなたたき台を、確率的な予測の幅を伴ってスピーディーに出力する役割を分担し、人間はAIのアウトプットを現場目線で点検・修正し、最終的に責任を持って確定する役割を担います。運用設計の肝は、AIが人から仕事を奪うのではなく、人間がより付加価値の高い業務に集中するための土台を作ることです」(榎本氏)
同社は、この需要予測プロジェクトを単発の効率化で終わらせるつもりはない。今後は「予測」「説明」「行動」の順に、AIが担う範囲を段階的に拡張する方針だ。現在の「予測」フェーズに続き、今後はAIが予測根拠を自動で説明できる仕組みの構築を目指し、2027年以降は、AIが予測に基づく具体的な打ち手を自律的に提案できる世界の実現を目指す。
榎本氏は最後に、プロジェクトを通じて得られた学びとして、「効果はデータ品質が左右する」「技術選定より運用設計に時間をかける」「現場が回る運用を事業部と作る」の3つを挙げた。
「まずは、AIが扱えるクオリティのデータをそろえることが最優先です。また、予測精度だけを追い求めるのではなく、現場が回る現実的な目標値を設定する必要があります。さらに、どれほど優れたAIモデルであっても、現場に活用されなければ価値を生みません。業務プロセスから逆算したルール作りが不可欠です」(榎本氏)
大谷氏と榎本氏は共に、「効果を左右するのはデータの品質であり、現場が回る運用設計だ」と一致して強調する。Umiosの事例は、AIによる業務効率化を目指す以前に、現状の業務を丁寧に整理し、理想の姿を定義することが成功への近道になることを示唆している。
本稿は、Amazon Web Services(AWS)が主催したイベント「AWS Summit Japan 2026」(開催日:2026年6月25~26日)でUmiosの大谷優子氏(DX推進部 事業デジタルマーケティング推進課)と榎本和哉氏(DX推進部 DX推進課)が「Umios(キユーピーグループ)が時系列基盤モデルChronos-2で実現する販売予測AI~過剰在庫の削減・作業4,200時間削減への道程~」というテーマで講演した内容を編集部で再構成したものである。



