学会や学術誌に発表する論文の査読で、担当者が負担を減らすため、生成AI(人工知能)を利用するケースが増えてきた。ただ、生成AIに「丸投げ」すると誤情報を示すことも少なくなく、一部の学会は、査読時の利用を禁じるなど対策に乗り出している。
査読での生成AI利用、研究者の5割超が経験
「作業時間が半分になることもある」。心理学を専門とする国立大の30歳代の男性准教授は生成AIの利便性を実感している。約1年前から査読に利用し、英語の論文のわかりにくい箇所を翻訳したり、日本語で書いた自分の査読文を英語にしたりしている。論文に対する意見を聞き、査読の参考にすることもある。
複雑な論文の場合、査読に5~8時間かかるが、生成AIによって3、4時間に短縮できているという。「生成AIに全て任せるのは研究者としてありえないが、補助的に使うことで自分の研究時間が増えた」と話す。
査読者は、自身の研究で論文を書く立場でもあり、そもそも、論文執筆を含む研究への生成AI利用が進んでいる。米国に本社を置く大手学術出版社「ワイリー」が昨年、世界中の研究者約2400人に実施した調査によると、62%が研究活動に生成AIを使い、前年の45%から17ポイント増加した。
査読については、スイスの国際学術出版社「Frontiers」が昨年、世界中の研究者約1600人に行った調査で、53%が生成AIを利用したことがあると回答。利用方法(複数回答)は、査読文の作成が59%、論文の要約や分析が29%、論文中に盗用などの不正行為がないかの確認が28%だった。
架空の参考文献や抽象的な指摘、AI生成の疑い
査読の生成AIへの「丸投げ」を疑う声も上がる。別々の国立大の教授と准教授が匿名を条件に、取材に応じた。
国立大の情報学の男性教授は昨年、国際学会に研究内容をまとめた原稿を提出した。学会側から受け取った査読文に、参考文献のタイトル、著者名が記されていたが、同じチームの研究員と探しても見つからなかった。事実に基づかない情報を真実のように答える「ハルシネーション(幻覚)」と呼ばれる生成AI特有の現象で、参考文献は架空だったとみられる。
経営学が専門の別の国立大の准教授は2024年、欧州の大手学術誌に提出した論文について、査読文に従って修正しても、同じような内容の抽象的な指摘を繰り返されたという。
2人が受け取った査読文について、読売新聞は国立情報学研究所の越前功教授に分析を依頼。査読文は非公表のため、越前教授は、査読文が外部に流出しない環境で、独自のシステムを使って分析した。結果、いずれも「生成AIで作成された可能性が極めて高い」と判定された。越前教授は「内容も不自然で、人が事後にチェックしているとも考えがたい」と指摘した。
読売新聞は昨年12月以降、学会と学術誌の出版社に、教授と准教授の名前を明かさず、生成AIによる不適切な査読を受けた研究者がいるとして見解を尋ねた。出版社は、査読対象の論文についてAIツールへの送信を指針で禁止していると回答。査読者が生成AIに丸投げしたケースを把握しているかどうかは明らかにしなかった。学会から回答はなかった。
誤情報や情報漏えいのリスク、対策を講じる学会も
生成AIの利用には、誤情報や情報漏えいのリスクがあり、対策を講じた学会・学術誌もある。ワイリーは指針を作成し、査読対象の原稿は一切、AIツールに入力してはならないと規定。日本国内でも、経済学者ら約1000人が会員の「環境経済・政策学会」が24年10月、基本方針で同様の取り決めを行った。今年6月には、「日本広報学会」も「原稿全文または機密性の高い内容をAIツールに入力することは原則認めない」とする指針を公表した。
研究倫理に詳しい一般社団法人「科学・政策と社会研究室」の榎木英介代表理事の話「査読時の生成AIの利用がどうあるべきかは、各学会・学術誌が試行錯誤を続けている状況だ。AIの性能は向上しており、査読時の翻訳や文章構成、文献検索などで部分的に使用しても支障はないだろう。補助的な活用にとどめ、査読は専門家が主体的に行う必要がある」
論文数は10年で1.5倍、査読者の負担増が背景
生成AIの利用が広がる背景には、査読者の負担増がある。文部科学省の研究機関「科学技術・学術政策研究所」によると、全ての研究分野で2024年に世界で発表された論文は211万本で、14年の137万本から1.5倍に増えた。
査読制度に詳しい同志社大の佐藤翔教授(図書館情報学)によると、研究費の獲得競争の激化や、生成AIによって論文の執筆時間が短縮されたことなどが影響しているとみられる。査読者の負担が増した一方、学会や学術誌は、研究者の有志が集まって始まった歴史から、査読の報酬は無償が慣習になっているという。
ある大学で薬学を専門とする研究員は「査読は基本的にボランティアで、自分の業績として評価もされにくい。査読の負担は学術界全体の課題だ」と語った。
査読とは、学会や学術誌の依頼を受けた研究者が客観的な立場から論文の内容を審査する行為で、論文の信頼性を担保する目的がある。査読を通過しなければ、学会や学術誌での発表が認められないことが多い。査読文では、追加調査の指示や文献解釈の誤りの指摘などもある。一般的に、査読の担当者は著者に知らされないことが多い。



