元プロ野球選手の山本昌氏が5日、YouTubeチャンネル『阿波野チャンネル』で公開された動画「山本昌の恩師・星野仙一からの教え『時効だから言ってます』」に出演。1994年の沢村賞受賞の裏側に、星野仙一さんの尽力があったことを明かした。
星野仙一さんへの感謝「体張ってくれる」
山本氏は星野さんへの感謝を口にし、「やっぱりあの方に感謝してるのは、大事なところでいろいろ体張ってくれる」と語り、沢村賞を受賞した際のエピソードを振り返った。
「星野さん、選考委員なんです。監督1回目の退任をされてるときに選考委員で入ってて」としたうえで、「ちょうど僕、温泉地にリハビリに行ってたんですよね。星野さんから電話あって、『なんや?』と思った」と受賞を聞いた状況を回顧。星野さんからは、「お前、沢村賞を獲ったぞ」と告げられたという。
3対3の投票と星野さんの説得
そして「どういうことだと思って、後でいろんな人に聞いたら、実はその日、沢村賞選考委員会の方が6人で、パ・リーグのピッチャーと僕が候補にあがって投票したら、3対3だったんです」「それで、じゃあ昼飯食ってからもう1回話し合ってから投票」と説明。
当時の選考委員の1人として平松(政次)氏がいたことにも触れ、「パ・リーグのピッチャーに入れてた平松さん。平松さんは星野さんと岡山出身の同郷で、一緒に昼飯食ったそうです。そこで星野さんがどうも平松さんを説得したみたいです」と打ち明けると、阿波野秀幸氏も「政治の世界だな、これは」と驚いた表情を浮かべる。
そして、山本氏は「まあ本当はね、こんなことはもう時効だから言ってるんですよ。もう30年前の話なんで言っても大丈夫だけど」と前置きしたうえで、「詳しくは知らないけど、平松さんが午前中とは違う票を入れたってことを聞いた。昼飯一緒に食いに行ったって言ってたんで」と明かした。
受賞の喜びと編集部メモ
結果的に星野さんの働きかけが受賞につながったとし、「沢村賞いただけるんだ。すごいなと思って」と当時の喜びを話していた。
【編集部MEMO】 プロ野球生活32年、50歳まで現役を続けた山本昌氏。NPB史上初となる50代での登板など、投手として数々の最年長記録を保持している。自身が現役を長く続けることができた理由として、YouTubeチャンネル『上原浩治の雑談魂』にゲスト出演した際には、「工藤(公康)さんの存在も大きかった」「あの人が長くやったんで、僕はその獣道を後ろから歩いて、気づいたら45歳」「それまで『球界最年長』と言われないんで、注目されないんですよ」などと語っていた。



