平成の怪物250球完投、炎天下の名勝負を振り返る
平成の怪物250球完投、炎天下の名勝負を振り返る

夏の高校野球には、人々の記憶に刻まれた名勝負が存在する。とくに決着がいつつくか見えない延長戦は熱く語り継がれている。

歴史に残る熱戦

高校野球の「最高試合」といわれているのが、第61回大会(昭和54年)3回戦の箕島(和歌山)―星稜(石川)。箕島が延長に入ってから2度追いつく粘りを見せ、十八回に適時打でサヨナラ勝ちをおさめた。

第80回大会(平成10年)準々決勝では、後に日本プロ野球や大リーグで活躍する松坂大輔擁する横浜(東神奈川)とPL学園(南大阪)が延長17回の大熱戦。完投勝利をおさめた松坂の投球数は250球。ゲームセットの瞬間は精根尽き果てた表情が印象的だった。

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決勝の再試合と改革

決勝が37年ぶりに再試合となったのが第88回大会(18年)。「ハンカチ王子」として人気を集めた早稲田実(西東京)の斎藤佑樹、駒大苫小牧(南北海道)の田中将大が投げ合い、第1ラウンドは延長15回、1―1の引き分け。翌日は4―3で早実が逃げ切った。

長く続く真夏の戦い。これらを現在の高校野球で見ることは事実上ない。深刻化する酷暑への対策がとられているからだ。九回を戦って同点の場合は延長十回から無死一、二塁と点が入りやすい状況で攻撃を開始し、延長戦の長期化を防ぐタイブレークが採用されている。選手を守る仕組みはほかに「1週間500球」という投手の球数制限、気温が上昇する時間帯の試合を避ける「朝夕2部制」がある。試合を7イニング制に短くする議論も続いている。伝説の名勝負よりも大切なのは今の選手。高校野球は改革が進んでいる。

甲子園の変革と銀傘拡張

鏡のように整備されたグラウンド、緑が美しい芝生、アルプススタンドから見上げれば雲が湧き立つ青い空。大正13年に完成したスタジアムは戦禍、阪神大震災、新型コロナウイルス禍などを乗り越え、数々のドラマが繰り広げられてきた。そして現在、高校野球を未来に残すため、暑さ対策を徹底するなど、変革のときを迎えている。

選手を猛暑から守る改革を進める高校野球だが、並行して観客の熱中症対策となるプロジェクトが進んでいる。現在、内野席にかかる屋根「銀傘」を一塁側、三塁側ともアルプススタンドを覆うまで拡張する計画。完成は令和10年3月を予定している。

甲子園の象徴のひとつといえる大屋根。開場当時から内野席、その後はアルプススタンドまで覆っていたが、昭和18年に金属供出で撤去。戦後になった26年にジュラルミン製の屋根として復活。「銀傘」の愛称で親しまれ、57年にアルミ合金製、平成21年にガルバリウム鋼板製となった。熱中症になる観客が多いというアルプス席を守ることになる「銀傘」は甲子園の「エコ」のシンボルでもある。22年から太陽光パネルが設置され、プロ野球ナイターの照明が年間に消費する電力量の約2倍の電力を発電している。

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