夏になると湖から姿を現す巨大な廃墟がある。レンガ造りの曽木発電所と共に、ダム湖に沈んだ「幻の集落」の実態が、当時の資料や証言から明らかになった。
藩倉から発電所、観光名所へと変遷
伊佐市にある菱刈郷土資料館の原田純一さんは、祖父が発電所に勤めていたという。祖父は技術者で、送電線の修理やお客様対応を担当していた。
「私はじいちゃん子でした。祖父が発電所を辞めてからもずっと、周りからは『電気屋の孫』と呼ばれていました。年々発電所当時のことを知る人は減りましたが、でもいまだに『電気屋の孫』と呼ばれますね。じいちゃんには妙見温泉や人吉などいろんなところに連れて行ってもらいました」と原田さんは振り返る。
60数戸の集落に息づいた経済圏
約60数年前まで、発電所と共に下ノ木場集落には人々の小さな経済圏があった。雑貨屋や豆腐屋が並んだ道、全国各地から集まった社員が暮らす寮、野菜を洗いながら人々が言葉を交わした水路、ウナギのかば焼きの匂いが漂った家の前。そうした暮らしの情景や営みの記憶は、今もそこに漂っているように感じられるという。
発電所内は熱がこもっていたため、「発電機のそばで洗濯物を乾かしていた」という話も残る。
湖底の記憶をたどる手がかり
下ノ木場集落の様子は、曽木の滝周辺に点在する「冒険の書」看板にも記されている。この看板を巡って曽木の滝周辺を歩けば、より深くこの地域を知ることができる。
その痕跡はあっという間に草木に覆われ、やぶに埋もれ、水に流されて、見えなくなってしまう。しかし、意識して目を凝らしていけば、そこには働き、暮らし、川の幸に喜ぶ、今の私たちと何ら変わらない人々の日常生活があった。「水没した集落」に誰かの普通の暮らしがあったことに思いをはせると、目の前の「巨大廃墟」が、それまでとは少し違って見えてくる。



