震度7で家が倒壊した熊本県氷川町の男性、避難所ではなく壊れた自宅で夕食をとる理由 火事場泥棒への警戒と10年前の記憶
震度7で家が倒壊した熊本県氷川町の男性、避難所ではなく壊れた自宅で夕食をとる理由 火事場泥棒への警戒と10年前の記憶

7月30日夕、震度7の揺れに襲われた熊本県氷川町の集落を取材で巡った。家は倒れ、水道は断たれ、電気は止まっていた。家の庭先では、夕飯の支度をする人の姿がちらほら見えた。避難所ではなく、壊れた「わが家」のそばで夜を迎えようとしている。

会社員の上豊優征さん(33)は母の君代さん(67)と2人暮らし。旧母屋は崩れ、柱やはりがむき出しになっていた。部屋の奥には、約3年前に亡くなった父を含む親族3人の遺影が残されていた。ふだん暮らすいまの母屋も、割れたガラスが床に散らばり、壁は崩れ、倒れた冷蔵庫から中身が飛び出していた。

上豊さんは被災した家の敷地で、親族の男性と夕食をとっていた。大鍋で湯煎したレトルトのごはんにカレーをよそい、焼き鳥の缶詰やナスの煮浸しを並べた。勤務先の人や知人が届けてくれた支援物資だ。「ショックかって言われると、もう笑うしかないですね」と話した。

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出張先で知った「震度7」

上豊さんが地震を知ったのは、出張先の福島県だった。スマホに表示された「震度7」の速報を見て、すぐに母に電話して無事を確認できたが、家の状況はわからなかった。郡山から博多を経由して帰ると、目の前には崩れた実家があった。

避難所で暮らさない理由

避難所で暮らさないのは、「火事場泥棒」を警戒しているからだ。壊れた家は鍵もかけられないため、誰かが家のそばにいるようにしている。

加えて、10年前の熊本地震の苦い経験もある。当時は避難所で約1週間暮らした。高齢の避難者が夜中に何度もトイレに立ち、余震のたびに会話が始まる。避難所を離れて車中泊もしたが、「ただ、ただ、疲れる」。

「ここに住むしかないでしょうね」

いまは町を離れるつもりはない。「ここに住むしかないでしょうね。どこに行ったって一緒だしね」。崩れた家を見やり、静かに話した。

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