ロッキード事件50年、捜査手法の死角 供述調書依存がレガシーに
ロッキード事件50年、捜査手法の死角が残した課題

1976年10月、東京地検の新任検事だった大野恒太郎氏(74)は、地検の一室で上司から英文調書の和訳を指示された。ページをめくると「Lockheed」の文字。東京地検特捜部が元首相の田中角栄を摘発したロッキード事件の、米ロッキード社元日本支社長の嘱託尋問調書だった。

刑事免責の不在に疑問

検察は国内で180人以上を事情聴取し、ロ社幹部の証言を得るため公判前の証人尋問を東京地裁に請求。地裁は米国の裁判所に嘱託した。証言を拒否する幹部に対し、検察は「証言内容では起訴しない」と約束する前例のない対応を取った。

同期の検事と2人で2週間かけて翻訳する中、大野氏は疑問を抱いた。日本では憲法で黙秘権が保障されているのに、証人が拒否した場合に証言を得る刑事免責や、供述の見返りに処分を減免する司法取引の制度がなかった。「刑事司法の死角だ。黙秘権が広く行使されれば捜査できなくなる」と感じた。

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最高裁が調書の証拠能力否定

1995年2月、最高裁大法廷は贈賄側被告らの判決で、嘱託尋問調書の証拠能力を否定。「日本では刑事免許を付与して得られた供述を証拠とすることは許されない」と判断。「5億円の収賄」を認定した決め手は、他の関係者の供述調書だった。

大野氏は「取り調べで作成した供述調書に依存する捜査手法が、レガシー(遺産)として神話的な地位を得た。一方、刑事免責など諸外国で認められている先進的な捜査手法の導入は棚上げされた」と語る。

行き詰まりと新たな武器

特捜部はその後も政界の不正に切り込み、「最強の捜査機関」と呼ばれた。しかし2000年代に入り、供述調書依存の捜査手法は強引な取り調べを生むなど行き詰まりを見せ始める。検察は捜査の新たな武器を必要とし、日本版「司法取引」などの導入が2016年に決まった。田中の摘発から40年近くが経過していた。

検事総長になっていた大野氏はそれを見届け、退官。「ようやく新しい時代の扉が開いた」と期待したが、やがて落胆へと変わったという。

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