熊本地震の発生翌日、宇城市の末松直洋市長は県庁の災害対策本部会議にオンラインで出席し、「一番困っているのは水、電気がない。避難所にエアコンがなく、蒸し風呂状態だ」と窮状を訴えた。市内は最大震度7の揺れに見舞われ、広範囲で断水や停電が発生。28日の最高気温は36・2度を記録し、避難所には約2300人が避難した。
避難所の過酷な環境と医療対応
小川防災拠点センターでは約800人が一夜を過ごし、長崎県南島原市から駆けつけた泉川卓也医師(53)は「入った瞬間に汗が出る状態で、暑すぎて避難者が外にあふれていた」と証言する。熱中症の症状が見られた多くの避難者に点滴を施し、「これまでの現場で最も過酷だった」と語った。
熊本地震の発生から28日で1カ月が経過。10年前の地震では死者278人のうち、災害関連死が8割を占めた。「防ぎ得た死」をなくすため、前回の教訓をどう生かすのかが問われている。
10年前の教訓と新たな課題
宇城市内では2016年4月の熊本地震で13人が死亡し、すべて災害関連死だった。そのため市は避難所の環境改善をめざし、エアコンを完備し、非常時に3日分の電力を賄える防災拠点センターを6カ所に設けた。しかし、小川防災拠点センターではエアコンを使用するとブレーカーが何度も落ちた。
防災拠点センター以外の指定避難所だった小中学校の体育館など計21カ所にはエアコンがなく、すべての場所で26年度末までに整備する予定だったが、その前に地震に襲われた。国からプッシュ型支援で送られたスポットクーラーも、松橋中学校の武道場では12台が届いたものの、ブレーカーが落ちて同時に動かせたのは3台だけだった。翌日、発電機2台を調達してすべてを動かせるようにした。
結局、市が開設したすべての避難所でエアコンが稼働したのは、地震から1週間後の8月4日だった。避難所の運営を担当した職員は「避難者が防災拠点センターに収まりきらず、空調のない施設も避難所として使った。避難者の多さも暑さも想定しきれなかった」と振り返る。
特別養護老人ホームでも猛暑の影響
猛暑は避難所だけではなく、氷川町の特別養護老人ホーム「やすらぎ荘」でも停電でエアコンが止まり、熱中症患者が相次いだ。ホームには当時、70代から100歳以上の入所者約80人がいた。地震発生から一夜明け、気温が上がると入所者の顔が赤くなっていき、個室の入所者を食堂に集め、発電機で扇風機を回し、氷で体を冷やしたが、焼け石に水だった。
夕方に救急車を呼んだが、到着したのは午後10時ごろ。翌日、災害派遣医療チーム(DMAT)が来て入所者を診察し、最終的に約20人が搬送された。10年前の地震を踏まえ水や食料は備蓄していたが、真夏の災害を想定していなかった。職員の泉和明さん(48)は「この暑さは、どうにもならなかった」と語る。



